ほうりゅうじ|聖徳宗
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方法隆寺のお参りの記録一覧
絞り込み


日本初🇯🇵お寺の世界遺産✨【法隆寺】
お目当ては春の特別公開中の💫聖徳太子様こと救世観音立像💫
当時伝染病が蔓延し、これを聖徳太子の怨念によるものと考えた人々が太子を供養するために作られた仏像です🤔なんと明治時代まで封印がとけないよう布や和紙でぐるぐる巻きにされたいたそう💦可哀想😭
しかし、その結果仏像様は大変良好な状態で保たれているみたいです🥰💎
ふくよかなお顔と鼻は特徴的👃
世界最古の木造建築【五重塔】と【金堂】も迫力大🌈下段には裳階が使われています❗️
大きな屋根は構造上にも外観上にも不利になるため裳階が使われるとか🏗
大宝蔵院 百済観音像もご立派でした🥰
柿くへば 鐘がなるなり 法隆寺
正岡子規
今度は秋に参りたいと思います🎵

本日(4月11日)は法隆寺東院伽藍 夢殿の秘仏、救世観音菩薩立像の春の特別開扉初日。
早起きして、朝昼兼用のサンドウィッチ弁当&コーンスープを作り、電車で法隆寺に行って来ました!
若い頃は歩いても全然平気だった駅からの20分が辛く感じ、夫婦して年をとったことを痛感しました(^_^;)
とても久し振り(多分30年はあいてます)だし、夫は初めてとのことでしたので、西院伽藍・大宝蔵院・東院伽藍(お目当ての夢殿)とフルに拝観出来る参拝券にしました!
※東院伽藍側から出るとすぐにある、中宮寺の参拝も割引となります。
御朱印は聖霊院と西円堂で授かります。
※特別開扉の救世観音菩薩の御朱印も聖霊院でいただきます。
平日、コロナ禍ということもあってか、ゆったりと拝観することが出来ました。
法隆寺を出て中宮寺へ
ご本尊の如意輪観世音菩薩(国宝)は聖徳太子のお母君「穴穂部間人皇女」がモデルと言われていますが、慈悲・慈愛溢れるお姿はいつ観ても心現れます。
帰りに柿の葉すしを買って、バスで駅まで戻り、まほろばへの想いを馳せて帰路に着きました(*^^*)
もっと読む




6月15日・・・
クラウドファンディング終了😢
おぼけーっ私OUT
涙の過去参拝記録画像です
6月15日、奈良県斑鳩町の世界遺産・法隆寺は、コロナ禍で参拝客が減り、運営が厳しいとして、クラウドファンディングで寄付を募る、と発表されました。
参拝客がコロナ禍前の半分以下に落ち込み、拝観料の収入が大幅減。約18万平方mに及ぶ敷地の設備の管理や、樹木の手入れなど、日常の運営費が足りなくなったのが理由でした。
「奈良にある法隆寺、東大寺、興福寺、薬師寺など観光寺院は、檀家や墓を持たず、収入源は、全国から来る参拝者の拝観料のほか、寄進や写経などの料金です。 法隆寺に所蔵されている国宝や重要文化財など約2500点の修理には、国の補助がありますが、それ以外の美術品の修理費や敷地の管理は、拝観料で賄ってきました。そのため、参拝客が減ると運営に大きな打撃を受けてしまうのです」
目標額は2000万円。
クラウドファンディングのサイト「READYFOR」上で
《世界遺産法隆寺―1400年の歴史遺産を未来へ―》として、6月15日午後2時から支援を募ったところ、わずか半日足らずで目標額を達成されました。
開始からわずか半日で目標額を達成したことについても、
《法隆寺は、目標額達成を受け、以下のように感謝の言葉を綴られました。
《皆様からの多大なるご支援により、支援募集開始の翌朝という予想もしていなかった早さで、第一目標金額の2000万円を達成することができました。これほどまでの反響をいただけるとは思っておらず、一同大きな驚きと共に、法隆寺を大切に想ってくださる皆様の存在、お気持ちを改めて感じ、感謝の念に堪えません。誠にありがとうございます》
~・~・~・~
もっと読む
法隆寺は、奈良県生駒郡斑鳩町にある聖徳宗の総本山の寺院。本尊は釈迦如来(国宝)。南都七大寺の一つ(諸説有)。別名は「斑鳩寺」、「法隆学問寺」など。ユネスコの世界遺産に「法隆寺地域の仏教建造物」の構成資産の1つとして登録されている。また境内は<国の史跡>に指定されているほか、建物だと南大門、金堂、五重塔、鐘楼、大講堂、夢殿などが国宝。仏像だと金堂安置、五重塔安置、講堂安置、大宝蔵院所在などの多くの仏像が国宝。国指定の重要文化財の建築物、仏像も多数ある。
創建は推古天皇15年(607年)、開基は推古天皇と聖徳太子。601年以降、聖徳太子が現在の東院伽藍の位置に斑鳩宮を建造、当寺はこの斑鳩宮に接して建立された。およそ19万㎡弱(東京ドーム4個分)ある境内は、金堂、五重塔と中心とした西院伽藍と、夢殿を中心とした東院伽藍に分けられる。西院伽藍は現存する世界最古の木造建築物群である。
聖徳太子による建立の後、聖徳太子の弟・来目皇子(くめのみこ)の子孫・登美氏が支配下に置いたが、平安時代初頭に復興・自立の動きをした。また平安中期の925年には西院伽藍のうち大講堂と鐘楼が焼失、室町時代の1435年には南大門を焼失するなど何度か火災に遭うが、大火災には遭っておらず建物、仏像などの文化財が現在まで残っている。
近世には、17世紀初めには豊臣秀頼が伽藍を修復、18世紀にかけては江戸幕府5代将軍・徳川綱吉とその生母・桂昌院が伽藍を修造した。
明治期に入ると廃仏毀釈の影響で資金難になり、管長の判断で聖徳太子画像など宝物300点を皇室に献納、金壱万円を下賜された(宝物は現在、東京国立博物館の法隆寺宝物館にて保管)。
仏教宗派としては、明治初めに真言宗に改宗したが、1882年に興福寺とともに法相宗として独立、1950年には法相宗から独立して聖徳宗を設立した。
当寺は、JR大和路線・法隆寺駅の北方2km弱の場所にある。徒歩30分ぐらい。国道25号線に面した参道入口から歩くと、広々とした参道の両側に土産物屋などが並んでいて、観光気分が盛り上がる。西院伽藍と東院伽藍は300mほど離れており、両方しっかり見て回るとそれなりの距離を歩くことになる。
参拝時は週末の朝一、開門時間の8時に西院伽藍からスタートしたが、参拝者はぱらぱら程度、職員数の方が多いぐらい。その後も参拝者はさほど増えなかった。拝観には、西院伽藍、東院伽藍、隣接の中宮寺と合わせて2時間ほどかかった。
※自分は「法隆寺」を小学生の時から知っているのに、学生時代の修学旅行でも大人になってからの個人旅行でも「法隆寺」には来たことがなかったので、いわば「憧れの法隆寺」として参拝。実際は境内は広々していて建物は立派で見どころもたくさん。でも参拝者が少なくて雰囲気がのんびりしている。すごく好印象!
もっと読む最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ



























































