御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

がんごうじ

元興寺のお参りの記録(1回目)
奈良県近鉄奈良駅

投稿日:2026年05月14日(木) 21時20分20秒
参拝:2026年4月吉日
おや?投稿のページのデザイン変わりましたね。
メジャーチェンジに続いてマイナーチェンジまで。
運営の皆様 エンジニアの皆様 いつもありがとうございます。

さて 元興寺は奈良市にあるお寺です。
奈良公園をぐるぐる巡っているうちに 時刻は拝観できるぎりぎりになってしまいました。
慌ててこちら元興寺にやってきました。
なにせ世界文化遺産ですからね。
初めての参拝になります。
今まで奈良公園には何度も来ていたものの 元興寺に参拝することができなかったのです。
いつも時間切れ。今日もヤバかったです。
受付で御朱印帳を預けて御朱印をお願いしました。
「お庭の牡丹がドッジボールぐらいの大きさで見事に咲いていますよ。」
なに?ドッジボールサイズ?
子どもの頭ぐらいあるっちゅうことか?
楽しみが一つ増えました。
時刻が遅くて参拝者は続々出ていく感じでした。
山門に竹の棒で交通整理しているのは面白かったです。

境内に入って正面が本堂の極楽堂です。
国宝の建物で 写真撮影ができませんが それはそれは見事なお堂でした。
じっくり拝観していたかったのですが まだ見たい建物「法輪館」があるのでしぶしぶ退室しました。
「法輪館」には 今は無き五重塔を今に伝える五重小塔があります。
奈良時代の作で 高さ5.5メートルほどの小塔ですが 内部構造まで省略せずに忠実に造られており 「工芸品」ではなく「建造物」として国宝に指定されています。
目の前 さわれる近さで国宝を見ることができるのは嬉しいです。
他にも 聖徳太子像や弘法大師像など 仏像や宝物がたくさんありました。
法輪館の前には 浮図田(ふとでん)があり 約2500もの石塔や石仏が並んでいました。
境内奥には弁天社があり そちらにドッジボールサイズの牡丹が咲いていました。
ドッジボールって まあ大きいですけど もっと大きかったイメージです。
そりゃ小学生にとったらデカかったんでしょうけど 大人になったら小さく感じます。
30cmはないですね。
色はとてもきれいでした。
本堂奥には禪室があり こちらも国宝でした。
中を観ることはできませんが きっと真っ暗なお部屋だと思います。
本堂の屋根の瓦が一部だけ色が違います。
この部分は 飛鳥時代の瓦を集めているそうで 一部は赤茶色になっていて古さを実感できました。
国宝だらけのお寺でした。
約30分ほどの拝観で時間切れ。
御朱印をもらってお寺を出ました。

ネット情報です。
山号はなし
宗派は真言律宗
ご本尊は智光曼荼羅
創建年は推古天皇元年(593年)
開基は蘇我馬子
正式名は元興寺
別称は元興寺極楽坊
札所は西国薬師四十九霊場第5番
大和北部八十八ヶ所霊場第9番
南都七大寺第3番
大和地蔵十福霊場第2番

和銅3年(710年)の平城京遷都に伴って 飛鳥にあった薬師寺 厩坂寺(のちの興福寺) 大官大寺(のちの大安寺)などは新都へ移転した。
法興寺(飛鳥寺)も養老2年(718年)平城京へ移転したが 飛鳥の法興寺は廃止されずに元の場所に残った。
通常 飛鳥にある寺を「法興寺」「本元興寺」 平城京の方の寺を「元興寺(新元興寺)」と称し区別する。
「法興」も「元興」も 日本で最初に仏法が興隆した寺院であるとの意である。
奈良時代の元興寺は三論宗と法相宗の道場として栄え 東大寺や興福寺と並ぶ大伽藍を誇っていた。
伽藍は 南大門 中門 金堂(本尊は弥勒菩薩) 講堂 鐘堂 食堂(じきどう)が南北に一直線に並び 中門左右から伸びた回廊が金堂を囲み 講堂の左右に達していた。
回廊の外側 東には五重塔を中心とする東塔院 西には小塔院があった(小塔院には 国宝の五重小塔が屋内に安置されていたものと思われる)。
これらの建物はすべて焼失して現存しない。
平安京に遷都後も南都仏教界においては東大寺 興福寺が勢力を増す一方で 元興寺は律令制度が崩壊する平安時代中期(10〜11世紀)以降徐々に衰退していった。
室町時代の宝徳3年(1451年) 土一揆による焼き討ちによって小塔院が炎上すると炎は元興寺全体に広がった。
五重塔などはかろうじて残ったが 金堂など主要堂宇や智光曼荼羅の原本は焼けてしまった。
金堂は再建されるが これも文明4年(1472年)の大風で倒壊し これ以降金堂は再建されなかった。
極楽院は明治以降は荒れ果て 現在国宝に指定されている本堂も1950年(昭和25年)ころまでは床は落ち 屋根は破れて「化け物が出る」と言われたほどの荒れ方であった。
第二次世界大戦中の1943年(昭和18年)に極楽院の住職となった辻村泰圓は 戦後になって戦災孤児のための社会福祉事業に尽力するかたわら 境内の整備や建物の修理を進めた。
1962年(昭和37年)には辻村により境内に財団法人元興寺仏教民俗資料研究所が設立され(1978年(昭和53年)に元興寺文化財研究所と改称) 1965年(昭和40年)には寺宝を収蔵展示する収蔵庫が完成するなど 徐々に整備が進んだ。
元興寺仏教民俗資料研究所は 本堂解体修理中に屋根裏から発見された数万点の庶民信仰資料(板塔婆など)を研究することを当初の目的として設立された。
極楽院は1955年(昭和30年)に「元興寺極楽坊」と改称 さらに1977年(昭和52年)に「元興寺」と改称されている。
2010年(平成22年)8月 禅室の一部に使用されている木材が世界最古の現役木製建築部材であることが確認された。
元興寺(奈良県)
世界遺産の記念碑
元興寺(奈良県)
山門 開いていますが交通整理状態です
元興寺(奈良県)
寺号の石柱
元興寺(奈良県)
西国薬師第五番霊場
元興寺(奈良県)
東門の説明
元興寺(奈良県)
本堂
元興寺(奈良県)
内陣は撮れないので 少し離れて
元興寺(奈良県)
本堂=極楽堂は国宝です
元興寺(奈良県)
参拝者が続々と出てきました
元興寺(奈良県)
本堂の説明
元興寺(奈良県)
本堂の後ろは禪室です
元興寺(奈良県)
講堂跡出土礎石
元興寺(奈良県)
礎石の説明
元興寺(奈良県)
浮図田(ふとでん)
元興寺(奈良県)
浮図田の説明
元興寺(奈良県)
約2500基の石塔や石仏があります
元興寺(奈良県)
台座以外には梵字ぐらいしか書かれていません ほぼのっぺらさん
元興寺(奈良県)
仏足石
元興寺(奈良県)
仏足石の説明
元興寺(奈良県)
仏足石の下に 鬼
元興寺(奈良県)
お地蔵様
元興寺(奈良県)
これもお地蔵様かな
元興寺(奈良県)
法輪館
元興寺(奈良県)
法輪館の展示物
元興寺(奈良県)
大和 地蔵十福
元興寺(奈良県)
手水
元興寺(奈良県)
小子房(旧庫裡)
元興寺(奈良県)
小子坊の説明
元興寺(奈良県)
土間の様子
元興寺(奈良県)
休憩所みたいになっています
元興寺(奈良県)
中庭に井戸
元興寺(奈良県)
中庭にお地蔵様
元興寺(奈良県)
境内奥に弁天社
元興寺(奈良県)
池はなかったんですよねぇ
元興寺(奈良県)
鬼が寝てる?
元興寺(奈良県)
ドッジボールサイズ
元興寺(奈良県)
放水銃の箱ほどの大きさに見えますけど そんなに大きくはない
元興寺(奈良県)
白もきれいです
元興寺(奈良県)
どれもドッジボールサイズです
元興寺(奈良県)
元興寺(奈良県)
浮図田のいちばん奥
元興寺(奈良県)
八重桜もきれい
元興寺(奈良県)
アヤメ
元興寺(奈良県)
禪室
元興寺(奈良県)
本堂の屋根
元興寺(奈良県)
色が違う部分は 飛鳥時代の瓦だそうです
元興寺(奈良県)
禪室も国宝でした
元興寺(奈良県)
中 真っ暗ちゃうんかな

すてき

御朱印

みんなのコメント0件)

ログインしてください

ログイン無料登録すると、投稿へコメントできます。

ホトカミ見ました! で広がるご縁

ホトカミを見てお参りされた際は、
もし話す機会があれば住職さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
住職さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。
元興寺の投稿をもっと見る180件
コメント
お問い合わせ
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!