やつるぎじんじゃ
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楽しみ方八剣神社のお参りの記録一覧
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上諏訪に用事があり、参拝させて頂きました。
八剱神社さんの代々の宮司さんは御神渡りを確認して「見渡り帳」に天保三年(1683年)から記録が書き続けられています。
昨今の気象変動の重要な手掛かりとして注目されているようです。
八剱神社さんのすぐ近くにある創業安政ニ年(1855年)「丸平精良軒総本店」さんで「鳥ぱん」をお土産に購入しました。
昼食は角上魚類さんのお寿司と鰻おにぎり🍙を頂きました。😋
食後のMIKURO CAFEさんのコーヒーソフトクリームを頂きましたが凄く美味しいです。😋暑さ凌ぎに是非お立ち寄りください♪
八剱神社(やつるぎじんじゃ)は、長野県諏訪市にある神社。旧社格は県社。八千矛神・日本武尊・誉田別尊の三柱の神を祀る。諏訪大社上社の摂社である。
由緒
当社は元々、諏訪湖中にある高島の里に鎮座し、諏訪湖の造船銭で造営されてきた。豊臣秀吉の高島城築城に際し、現在地に遷座した。江戸時代には高島藩諏訪家が居城鎮護の神として崇敬し、明治以降は小和田村の産土神として庶民からの信仰を集め現在に至る。

参拝記念⛩️✨️
八剱神社
長野県諏訪市に鎮座する八剱神社へ参拝に上がらせて頂きました🙏
前回の参拝時は拝殿内で大勢の方が何やら集まっていたため、御朱印を頂かずに帰ってしまったためリベンジに上がらせて頂きました。
この日は境内に法被を来た方たちが数名いて何か談笑をしていました。
あとで宮司さんにお話をお伺いしましたら、神社で育てている『さつまいも』を氏子の人たちがご近所様へ振る舞いに行っているとのことでした。
『こんな事をしている神社は珍しいですよ』とおっしゃっていました(^_^;)
また境内社にもそれぞれ御柱がありお伺いしたら、各境内社にもそれぞれ氏子がいて氏子の方たちが御柱を立てていて神社が立てているわけではないと言っていました。
御柱への思いが素晴らしいです。
八剱神社さまは諏訪湖の御神渡り神事をおこなっているため、境内には御神渡りの写真が展示されています。
御朱印帳も御神渡りが描かれたものになっていました。




諏訪大社上社の摂社である八劔神社⛩️に参拝してきました。
この神社の神官は、毎年「御神渡り」と言って、諏訪湖上の氷🧊がせり上がって亀裂が盛り上がる状態から、神様が下社から上社に渡り歩いたとされることがあったかを見極める仕事をしてきました。
580年の長きに調査された気象観測のデータは、今後の世界に与える気象変化の推移を科学的に証明するものとして世界から注目されています。(下記参照)
私は諏訪市で15年ほど居住したのですが、その際に常連としてお世話になった「ごちそう処きむら」さんで参拝後昼食をとりました。ご主人は、和食と中華を修行されており、メニューにないものでも注文に応えてくれるので(常連のみ)、メニューにないニンニク🧄炒飯を頂きました。😋
こちらには信州サーモン丼がありますが、味噌汁に信州サーモンのアラが入っていたので出汁が出てとても美味しく頂きました。🤗
この諏訪湖の「御神渡り」は、西暦1443年(室町時代)から約580年にもわたって続けられている、他に類をみない「気象観測」でもあります。
御神渡りはもともと「神事」としてその形状をもとに、農作物の吉凶やその年の動静などが占われてきました。拝観式をとりおこなう諏訪市にある八剱神社は、その結果を「御神渡注進書」として当時の幕府、やがては宮内庁や気象庁へも報告し、それが現在も続いています。
天文現象ならいざしらず、気象現象をこんなに長い期間、連続的に記録している例は世界的にも珍しく、事実、その記録は科学雑誌「ネイチャー」などにも”omiwatari”として取り上げられるほど世界的にも価値のあるものです。
由緒
主祭神
八千矛神 日本武尊 誉田別尊
当社は元々、諏訪湖中にある高島の里に鎮座し、諏訪湖の造船銭で造営されてきた。豊臣秀吉の高島城築城に際し、現在地に遷座した。江戸時代には高島藩諏訪家が居城鎮護の神として崇敬し、明治以降は小和田村の産土神として庶民からの信仰を集め現在に至る。
当社の特殊神事として、御渡神事(みわたりしんじ)がある。「御渡り拝観の神事」として一般に知られているこの神事は、当社の神職によって行われる。(御神渡も参照のこと)
諏訪湖で御渡が観測されると、当社では臨時の総代会を開き、拝観式の日を決める。その後、宮司以下神職、および氏子総代は、自宅の門戸に注連縄を張り、精進潔斎に入る。拝観式当日は、まず社殿で修祓を行い、諏訪湖へ向かう。現地では湖周を周り、一之御渡・二之御渡・佐久之御渡を拝観して下座と上座の湖岸地点の検分を行なう。そして、社殿へ戻り、御渡の状況を祭神へ報告する「奉告祭」が行われる。引き続き、その状況により当年の農作物の作柄、世の中の吉凶、気候等の年占が行われる。御渡の状況と年占の結果は「注進状」に纏められ、後日、宮司と氏子総代が諏訪大社上社へ出向いて「御渡注進式」を行い、神前に捧げられる。これを受けて諏訪大社は、この内容を宮内庁と気象庁へ報告する恒例となっている。
直近では2013年にこの神事が行われ、1月22日御渡を観測・臨時総代会、1月25日拝観式、2月17日注進式の日程で行われた。なお、「奉告祭」と「注進式」は御渡の観測されない年でも行われ、「御渡は無かった」旨の報告がなされる。特に、御渡の無かった年の諏訪湖は「明けの海」と呼ばれる。


八劔神社は八千矛神(やちほこのかみ 大国主命)日本武尊(やまとたけるのみこと)応神天皇(おうじんてんのう)の三柱を合わせ、八劔大神(やつるぎおおかみ)と申し上げてお祭りしております。
八千矛神は父神の素戔嗚命(すさのおのみこと)や兄神達から与えられた様々な試練をのり越え、福徳・医療・開発の神として、また、和平の心を以て国を譲り、国造りに尽力されました。
日本武尊は精神力溢れる武勇の神で、草薙の劔をはじめ神器を携え、東奔西走されて荒波や試練を乗り越え、国土開発にあたられました。
応神天皇は武勇に秀で海上守護、日本の共同体の守り神、また、大陸の文化や技術を取り入れるなど、格式の高い神として仰がれています。
八劔さまは、この三柱の神のご神徳をいただく力の強い神様で、荒波や困難をのり越えていく知恵と勇気と力、幸を与えてくださる和平の神さまです。
諏訪湖の御渡り拝観役を高島村民が務めておりました。その記録は1683年以降神社に伝わる「御渡帳」に書き継がれています。それ以前の1443年以降の記録が大祝諏方家に「当社神幸記」として残されており、これらの文書は地球の気候変動を知る上で、世界にも稀なる資料として注目されています。この御渡りの役は、現在八劔神社の宮司に引き継がれて、宮司が諏訪湖の「御神渡り」(諏訪湖の氷が競り上がって神が渡られた証とされる現象)の判断を担われています。
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諏訪大社上社の境外末社の中で上・中・下に十三社ずつ分かれた三十九所の一社であり、下十三所の第一社に数えられる神社です。世間では冬の諏訪湖で起きる御神渡りを監査、認定する神社として有名ですね。

《鳥居と社号碑》
明治の近代社格制度では県社に列格しています。明治になって当社を始め手長神社や諏訪大社前宮など諏訪大社の摂末社だった神社がいくつか独立しているようですね。

《手水舎》
温泉が湧き出ています。そして硫黄の香りがします。温泉街らしいですね。
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