あおしまじんじゃ
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楽しみ方青島神社(青島神宮)のお参りの記録一覧
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潮風に運ばれて、心がほどける場所がある。
宮崎・青島神社。海に浮かぶ小さな島が、ひとつの神域になっている。
駅から歩いて数分、太鼓橋を渡れば、そこはもう別世界だ。足元に広がるのは「鬼の洗濯板」と呼ばれる独特な岩肌。幾万年という時を超え、波が削り出した自然の造形美だ。無数の皺を刻んだ石畳を踏みしめるたび、遠い昔へと引き戻されるような気がする。
鳥居をくぐると、亜熱帯の緑が密やかに迎えてくれる。ビロウ樹やガジュマルが作る深い影、葉擦れの音。空気はしっとりと湿り、陽射しさえもどこかやわらかい。社殿の朱は鮮やかで、南国の光の中でひときわ映える。
祀られているのは、山幸彦。縁結び、航海、豊漁の神とされる。旅人も地元の人も、静かに手を合わせる。境内の奥に進めば、「元宮」と呼ばれる古い祠へと至る。ここまで来たらぜひ、砂利を踏みしめながら進みたい。風が頬を撫で、心の奥の小さなざわめきまでも、いつしか消えていく。
青島神社は、ただの観光地ではない。
海と風と緑に包まれ、自分と向き合うための静かな時間が流れている。

宮崎の青島神社を参拝しました。
家族で3泊4日の宮崎旅行。目的は家族全員で応援している読売巨人軍の宮崎キャンプ。ただ初日は空港到着が15時頃だったため、キャンプには行かず、空港からタクシー乗車、ホテル経由で青島へ。
島全体が青島神社の所有、島全体が境内なんですね。一見開放的なリゾート地のような雰囲気ですが、その昔は島民以外は…のような排他的なことも数多くあったのかな、と。その中で神社が生活の中心にあった、みたいな。適当な感想で申し訳ないですが。
授与品は種類も多く、おみくじも数種類あり、神社にそれほど興味がない観光客(うちの家族とか笑)も楽しめる感じです。娘は願い事を書いたお札を井戸水で溶かす「海積祓い」をしていました(推し活の一環として)
雨が強目に降っていたのと時間が限られていたのとで見落としているところがいっぱいありそうでそれは心残りでした。
御朱印は参拝前にお願いします、とのことでしたので、本殿手前の授与所で先にお渡ししました。素敵なイラストの書き置きが2種類あって珍しく迷ったのですが結局お書き入れのみ拝受しました。
御朱印帳の表紙のデザインがめちゃくちゃ素敵だったんですが大判サイズじゃなかったのでお授けいただかず。
宮崎といえば一の宮の都農神社、キャンプイン前日にジャイアンツ全員で参拝した宮崎神宮、鵜戸神宮、高千穂神社、天岩戸神社…参拝したいところだらけだったのですが、今回は青島神社のみとなりました。
いつも以上の長文駄文、ここまでお付き合いいただいた方、ありがとうございます😊
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宮崎県の日南海岸にある青島。
周囲1.5kmほどの小さな島ですが、弥生橋という橋で歩いて渡ることができます。
島はビロウというヤシ科の植物に覆われていて南国ムードが漂うだけでなく、島周辺の海岸は「鬼の洗濯岩」と呼ばれる凸凹の奇岩が広がっています。
そしてその島の中心に青島神社が鎮座しているのですが、昔から霊地とされ一般の人の入島は禁じられていたそうです。
今から280年ほど前に当時の宮司様がこれを遺憾に思って、藩主に訴願し一般の人も入島できるようになったとか。
旧暦3月16日に春祭りが行われるのだそうですが、昔はこの春祭りから月末までの間のみ入島が許されたことから「島開き祭」とも呼ばれているそうです。
<御祭神>
彦火火出見命(山幸彦)・豊玉姫命・塩筒大神
<御由緒>~いただいた由緒書より~
天孫瓊々杵命の皇子彦火火出見命が、海積宮から御還幸の際の御宮居の跡として三神を奉祀し御神威を今日に伝えている。
奉祀の年代は明らかでないが、国司巡視記「日向土産」(平安朝)に「嵯峨天皇の御宇奉崇青島大明神」と記されてあったといわれ(約1209年前)、文亀(室町時代・約500年前)以降は、藩主伊東家の崇敬厚く、社殿の改築、境内の保全に力を尽し、明治以後は御祭神の御威霊を仰ぎ熱帯植物繫茂する国内絶無の霊域をたずねる人々いよいよ多く、縁結・安産・航海・交通安全のとして、御神威は益々輝き今日に至っている。

夕暮れ時19時少し前に到着
観光地なので人が少ない時間を狙って参拝
御朱印は諦めていましたが、たまたま通りがかった禰宜様に声をかけられて、神奈川県から参拝にきた事を伝えると快く御朱印を用意していただけました。ありがとうございます🙏
ご由緒等はいろいろ投稿があるので
御祭神の神話を
彦火火出見命は「海幸彦・山幸彦」のお話の山幸彦でございます。
兄の海幸彦から借りた釣り針をなくしてしまい、海辺で困っているところに塩筒大神が現れ、わけを聞くと船を造り海の中に探しに行くように言われます。
山幸彦はその船で海の中になくした釣り針を探しにいかれ、塩筒大神の言われた通り井戸のそばの木の上にいたところ、海神の侍女が井戸に水を汲みに来て山幸彦に気付き、海神の娘豊玉姫に知らせます。
豊玉姫が父の海神に報告しましたところ、山幸彦は海神の宮でおもてなしを受けます。
するとあっという間に三年が経ち、ある日ため息をつかれます。
いったいどうしたのかと尋ねられると海の中に来たわけを話します。
話を聞いた海神は魚たちを集めて鯛の喉から釣り針を見つけられたのです。
その釣り針を持って陸にお帰りになる山幸彦は海神から「塩満瓊(しおみつたま)と塩涸瓊(しおひるたま)」の二つの瓊をいただきます。
山幸彦は海神から言われた通り意地悪をしてきた兄の海幸彦を塩満瓊を取り出して溺らせ、あやまってきたら塩涸瓊を取り出して許してあげました。
それから兄弟仲良く暮らしました。

【日向國 古社巡り】
青島神社(あおしま~)は、宮崎県宮崎市青島にある神社。旧社格は村社で、現在は神社本庁の別表神社。祭神は天津日高産火火出見命、豊玉姫命、塩筒大神。周囲1.5kmの青島全島を境内地とし、全島が熱帯・亜熱帯植物の群生地として国の天然記念物に指定されている。
創建は不詳。社伝によると、山幸海幸神話で産火火出見命が海神宮(わたつみのみや)から帰還した際に青島に上陸して宮を営んだため、その宮跡に産火火出見命他2柱を祀ったのが始まり。平安時代の日向国国司の巡視記とされる『日向土産』なる書には「嵯峨天皇の御宇にあがめまつる青島大明神」と記されている。戦国時代の1503年に伊東尹祐による再興以降、江戸時代を通して伊東氏飫肥藩の厚い崇敬を受け、6度にわたり社殿の造営、回収、境内の保全が行われた。なお、江戸時代中期までは全島が禁足地で神職と島奉行のみが入島を許され、村民は対岸の尖浜(現青島海水浴場)に拝所を設け遙拝していたが、1737年に藩主が入島を解禁した。
当社は、JR日南線・青島駅の北東1kmの沖合の島・青島にある。陸側の青島海水浴場から弥生橋を渡り、島の南岸を少し進んだところに入口がある。社叢は熱帯・亜熱帯植物の群生地というだけあって、南国の雰囲気が満点。純日本風の神社建築と南国の雰囲気との不思議な組み合わせが唯一無二。別表神社らしく、社殿や神門は大きく立派。少し離れたところにある元宮までの散策を楽しめるが、見て廻るエリア自体はさほど広くはない。元宮までの参道にある絵馬掛けには、毎年2月1日に読売巨人軍がキャンプインにあたり参拝をしていて、各選手の直筆絵馬が飾ってある。
今回は、別表神社であることから参拝することに。参拝時は休日の朝早めの時間で、団体、個人の老若男女が多く訪れていた。
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