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神明社のお参りの記録一覧
宮城県 白石駅

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Kou
Kou
2024年04月12日(金)1152投稿

所在地 : 宮城県白石市益岡町1-17

主催神 : 天照大御神を主祭神として外十八柱を奉斎
     伊達政宗公(神号 武振彦命) 
     片倉小十郎景綱公(神号 奇敏鎌刈田彦命)

御神体 :

社 格 :

創 建 : 807年(大同2年)

由 緒 :神社HPより
本社はもと福岡村長袋に御鎮座あり、上・下神明両社わかれ立つ。上神明社は、元禄14年松前の市正安広といえる人の造営勧請にかかり、後者は、大同2年(807、平安)坂上田村麻呂の創祀と伝えられ、又、藤原秀衡、蒲生氏郷、長尾景勝の臣甘糟備後など武将の崇敬が篤かったが、慶長5年7月伊達政宗が白石城を攻め落とし、その先陣の功により同7年この城地を片倉小十郎(伊達家臣鬼小十郎)に与えたので、亘理郡小堤村より移った。その際現宮司の先祖に当る佐藤源左衛門も扈従白石長町に居を与えられ、白石・長袋両神明社の神主に任命された。長町の屋敷内には神明社の御仮宮を建て4月16日の祭礼に神輿の旅所にあてた。爾来片倉家の尊崇最も篤く社領として二貫三百文、日供米月一俵を献じ、造営修復を怠らず、白石城の鎮守、領内の総鎮守と仰ぎ明治に及んだ。なお、この地方は古来しばしば戦乱の巷となったため社殿も古什物も悉く亡失して正確に記載をなし得ないことは遺憾である。明治10年10月再興して「神道事務局刈田地区支局」を境内に置くにあたり東京大教院より「造化の三神」の御霊代を奉迎配祀。同年村社に列した。同32年5月白石大火の際、社殿末社はじめ附属の建物悉く焼失したので、翌年5月現在の地(白石城二の丸跡)に本殿を、同39年に拝殿を造営した。現在の社殿はその後昭和10年10月に竣功したものである。明治42年から大正3年までに五つの神社を合祀し、昭和2年4月14日郷社に列せられた。

参拝紀行:桜の今が盛りと咲き誇る中、伊達家臣片倉小十郎の白石城の敷地内?に鎮座す
るこの神社も風情のある良き神社です。駐車場が分からず電話をすると丁寧に神社までの道のり駐車場も案内していただいた。晴れ男の僕には珍しく小雨にあうも数分間で止みほぼぬれずに参拝できた。

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2024年09月25日(水)515投稿

主祭神は天照大御神、伊達政宗、片倉景綱、創建年は大同2年(807年)例祭は4月15日、当社は平安時代初期の807年(大同2年)征夷大将軍・坂上田村麻呂の勧請が創始とされる。その後藤原秀衡、当社に南接する白石城を築いた蒲生氏郷、会津加増時に当地を治めた上杉景勝に庇護された。1600年(慶長5年)、白石城の戦いによって伊達政宗が城を奪取。1602年、その先鋒として活躍した片倉景綱が城主となり片倉家の崇敬社、同城の鎮守社となった。1871年(明治4年)、仙台藩廃藩に伴い衰微したが、1876年に村社に列した。1899年に起こった大火で社殿の大部分を消失し、翌年に白石城二の丸跡であった現在地に移転し本殿を再建、1906年には拝殿を造営する、1909年から1914年にかけて5つの神社を合祀。1927年(昭和2年)郷社となる、神明社は、伊勢神宮を総本社とし、天照大神を主祭神として祀る神社のことです。 神明(しんめい)神社、皇大(こうたい)神社、天祖(てんそ)神社などともいい、通称として「お伊勢さん」と呼ばれていて、天照大神または伊勢内外宮の神をまつった神社。 神明宮,神明神社,太神宮,伊勢宮(いせみや)等とも言うそうです、近くに白石城、温泉等在ります、歴史的建造物、仏閣、神社巡り、パワースポット、癒し処、絶景、景色撮影、散策、参拝、宮城県白石観光、100名城、御朱印集め等好きな方訪れて見て下さい。

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