御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

しんめいしゃ

神明社のお参りの記録(3回目)
宮城県白石駅

投稿日:2025年09月04日(木) 19時15分05秒
鎮座地
宮城県白石市益岡町1-17 
主祭神
天照大御神
例祭日
4月15日、10月16日
連絡先
0224-25-1180

由緒
本社はもと福岡村長袋に御鎮座あり、上・下神明両社わかれ立つ。上神明社は、元禄14年松前の市正安広といえる人の造営勧請にかかり、後者は、大同2年(807、平安)坂上田村麻呂の創祀と伝えられ、又、藤原秀衡、蒲生氏郷、長尾景勝の臣甘糟備後など武将の崇敬が篤かったが、慶長5年7月伊達政宗が白石城を攻め落とし、その先陣の功により同7年この城地を片倉小十郎(伊達家臣鬼小十郎)に与えたので、亘理郡小堤村より移った。その際現宮司の先祖に当る佐藤源左衛門も扈従白石長町に居を与えられ、白石・長袋両神明社の神主に任命された。長町の屋敷内には神明社の御仮宮を建て4月16日の祭礼に神輿の旅所にあてた。爾来片倉家の尊崇最も篤く社領として二貫三百文、日供米月一俵を献じ、造営修復を怠らず、白石城の鎮守、領内の総鎮守と仰ぎ明治に及んだ。なお、この地方は古来しばしば戦乱の巷となったため社殿も古什物も悉く亡失して正確に記載をなし得ないことは遺憾である。明治10年10月再興して「神道事務局刈田地区支局」を境内に置くにあたり東京大教院より「造化の三神」の御霊代を奉迎配祀。同年村社に列した。同32年5月白石大火の際、社殿末社はじめ附属の建物悉く焼失したので、翌年5月現在の地(白石城二の丸跡)に本殿を、同39年に拝殿を造営した。現在殿はその後昭和10年10月に竣功したものである。明治42年から大正3年までに五つの神社を合祀し、昭和2年4月14日郷社に列せられた。(神社庁より)     
神明社(宮城県)
神明社  拝殿前より左側にある(授与所にて(直書き御朱印)頂戴致しました
神明社(宮城県)
神明社  御朱印と一緒に頂いた(神明社の鎮座地、祭神、配祀、例祭日、由緒書き)です
神明社(宮城県)
神明社  神明社に向かう途中の白石城です
神明社(宮城県)
神明社  白石城から奥側に、白石の鎮守さま(神明社はこちらです)案内板です
神明社(宮城県)
神明社  参道からの様子です
神明社(宮城県)
神明社  入口からの鳥居です
神明社(宮城県)
神明社 鳥居から参道を進んだ先の境内の様子です
神明社(宮城県)
神明社 更に進んだ先の様子です
神明社(宮城県)
神明社  右側からの拝殿前の様子です
神明社(宮城県)
神明社  拝殿前の様子です
神明社(宮城県)
神明社  拝殿前からの幣殿の様子です(祭神:天照皇大神様)

すてき

みんなのコメント0件)

ログインしてください

ログイン無料登録すると、投稿へコメントできます。

ホトカミ見ました! で広がるご縁

ホトカミを見てお参りされた際は、
もし話す機会があれば神主さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
神主さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。
神明社の投稿をもっと見る41件
コメント
お問い合わせ