いさわじんじゃ
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楽しみ方伊射波神社のお参りの記録一覧
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志摩國一宮の伊射波神社に参拝に行って来ました。ナビに神社の名前を入力して行くと全然とんでもない場所に案内されます。
ナビに安楽島公民館と入力すると駐車場の位置を教えてくれます。参拝に来る人達は必ず迷うみたいです。
駐車場に車を止めて、矢印の方に向かって歩いて行きます。海辺までの道は舗装されている所、されてない所あります。残り290mの所で海が見えてきます。神社の入り口は海辺の所に鳥居と伊射波神社の石標があります。鳥居をくぐり険しい不揃いの階段や坂道を上がって行き神社に近づくと道の両サイドに注連縄が這わされています。そこを抜けると神社の本殿が見えて来ます。本殿の中に入りお詣りをします。無事にお詣りを済ませてからまた来た険しい道を戻ります。
御朱印は宮司さん宅で頂きました。
宮司さん宅は神社に来る時に通る道の二股に分かれる道を左に曲がって海沿いを走ると宮司宅と看板が出ています。
険しい道に久しぶりに心臓がバクバクしました。



伊射波神社(いざわ~)は、三重県鳥羽市にある神社。式内論社で、志摩国一之宮。旧社格は無社格。祭神は、稚日女尊(わかひめ)、伊佐波登美命(いざわとみ)、玉柱屋姫命(たまはしらやひめ)、狭依姫命(さよりひめ)の4柱。
創建は不詳だが、1500年以上の歴史があり、祭神の稚日女尊は志摩国の海上守護神として古代から崇敬されていたとのこと。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「志摩国 答志郡 粟島坐伊射波神社 二座 並大」に比定されるとしている。もう一つの論社は、三重県志摩市にある伊勢神宮内宮の別宮である「伊雑宮」。戦国時代には社地を失い、江戸時代には、大地震、大津波、火災で記録が悉く滅失したとのこと。明治時代に入り近代社格制度の下、無社格とされた、昭和戦後の1956年に籠堂が再建され、1976年に社殿を造営、2001年に現在地に遷座したとのこと。
当社は、近鉄志摩線・志摩赤崎駅の東方3kmの海近くにある<伊射波神社駐車場>から、北方に1kmほど歩いた加布良古崎(かぶらこざき;半島)の山の頂上にある。道のりは単純ではなく、アップダウンしながら時に公道、時に野原の道を歩き、当社の麓、海岸にある<鳥居>をくぐると、山道を登って行くというもの。サバイバル感はそれなりにあって、一部足元の悪いところもあるが、山登りは大したことはないので、<神社好き>であれば難易度は高くない。逆に言うと、<神社好き>でない限り、普通の人は訪れない場所にある。
今回は、志摩国の式内論社、志摩国一之宮ということで参拝することに。参拝時は週末の午後、自分たち以外にも神社好きと思しき家族連れや個人参拝者を10名ほど見掛けた。
★全国一之宮巡りをしている人にとっては、難易度の高い一之宮の一つ。レンタカーを借りて、神宮別宮巡りとセットにして正解だった~♪
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伊射波神社(いさわじんじゃ)は志摩国一之宮の格式高い神社です。
巷では「参拝難易度の高い一之宮」としてその名を知られているようです。なぜ参拝しづらいかというと理由は圧倒的アクセスの悪さにあります。
公共交通機関の場合、まず鳥羽駅からコミュニティバスで終点安楽島バス停まで行き、そこから片道30分の山道を歩かなければなりません。さらに御朱印をもらうには宮司さん宅にも行かなければならないというハードさです。
バスも電車も運行本数が少なく、うまく旅程を組まないとバス停で1時間待ちぼうけ…なんてことにもなりかねません。伊勢神宮などにも行こうと思うと、うまいこと計画立てる必要があります。
…といろいろ書きましたがアクセスの悪さを超える魅力が伊射波神社にはあります。
道中では絶景海岸スポットがあったり、ひと気のない社殿ではのんびりと参拝できることなど魅力満点でした。
また道中迷わないように案内板を立ててくれたり、階段には杖を置いてくれたり、御朱印集めの人向けに宮司さん宅の地図を置いてくれたり…思いやりがあふれているのも素晴らしいと感じました。

御朱印。神社には宮司さんが常駐していないので、宮司さん宅まで拝受しに伺いました。非常に親切に対応していただきました。

鳥羽駅前にあるコミュニティーバスのバス停。ここから「かもめバス小浜・安楽島線」に乗って終点の安楽島バス停まで行きます。運賃は片道400円くらいでした。朝早くだったせいかほとんど乗客はいませんでした。



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