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かさどじんじゃ

加佐登神社
公式三重県 加佐登駅

終日参拝は可能。
社務所・授与所は、午前8時ころより午後5時ころまで。
(ただし、出張祭典等で不在の場合もありますので、電話等でご確認願います。)

氏子以外の参拝
氏子以外の参拝
あり
歓迎
御朱印について
御朱印
あり

毎月の月次祭「8日」のみ、復刻した御朱印を使用した特別御朱印があります。 現在「夏詣」開催中です。期間中は夏詣特別御朱印となります。(令和4年6月27日〜8月8日まで)

限定
あり
御朱印帳にお書き入れ
あり
郵送対応
あり
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
あり

 あり。無料駐車場50台。

加佐登神社について

ヤマトタケル終焉の地に、形見の「笠」と「杖」をご神体としてお祀りされています。
特に諸病平癒の御利益があり、日本全国から参拝者が訪れます。
毎月八日の月次祭には特別御朱印もございます。
本殿の裏手には「白鳥塚古墳」があり、古代のロマンを感じられる神社です。
四季折々の景色が楽しめる境内地を散策してみませんか?

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例祭・神事

1月1日 歳旦祭 
2月21日 祈年祭 
4月8日 春季大祭(八日さん) 
7月14日 天王祭
10月8日 例祭(秋季大祭) 
11月30日 新嘗祭  
毎月8日 月次祭  

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歴史

当社の創始は定かではありません。
主祭神・日本武尊(倭建命、ヤマトタケルノミコト)は、『古事記』『日本書紀』にも記されている、大和の国(古代の日本国)を統一に導いた伝説の英雄です。(諸説ありますが、4〜5世紀、およそ今から1600年くらい前のことと云われております)
第12代景行天皇の第2皇子として生まれた小碓命(おうすのみこと)は、若い頃から武勇にすぐれておりました。西国は九州の熊襲タケル・出雲タケルなどの豪族を従えてまわり、その後休む間も無く、帝の命令により東の蝦夷などの統一に向かわれました。

東国を統一したその帰り道、尾張国のお妃・美夜受比賣命(宮津姫命)に神剣・天叢雲剣(草薙剣)を預け、伊吹山へ向かいました。(後にこの神剣が熱田神宮に祀られることとなります。三種の神器のひとつです。)しかし、尊は伊吹山の戦いで傷つき、病におかされてしまいます。

尊は動かない体を引きずって、この能褒野の地にたどり着き、ここから遙かに父君のいる大和を望んでその短い生涯を終えられたと伝えられています。(※能褒野の場所については諸説ありますが、古代では、鈴鹿山脈の裾野あたりの一帯が「のぼり野」や「のぼの原」と云われていたようです。東海道より鈴鹿山脈まではなだらかな高台で、古代の古墳が数多くあります。その中の一つが、白鳥塚古墳です。)

そのときわずか30歳余りであったとされています。(※多度〜桑名〜四日市〜鈴鹿へと進まれた、尊の足跡にはいろいろな地名が残っております。この地の「三重」という名も尊の説話からきているのです。)

    倭は  国のまほろば   (大和は国の中でいちばん優秀なところだ)
    たたなづく  青垣      (山々が重なりあって青い垣根のようだ)
    山隠れる  倭し美し   (山々に囲まれている大和の国はほんとうに美しい)

この歌は、尊が亡くなられる前鈴鹿の山々を眺めながら故郷を偲んだ歌、いわゆる「国偲びの歌」とよばれるものです。

尊の亡くなられたところが、本殿北西にある「白鳥塚」(白鳥御陵)です。
この白鳥塚のそばに、尊が亡くなる時に持っていた形見の「笠」と「杖」をお祀りしたのが、加佐登神社の始まりと伝えられています。

明治時代までは「御笠殿社」と呼ばれ、尊が亡くなられるまで病気に悩まされていたことから、病気平癒によく効くと、いにしえから今に至るまで人々の篤い信仰があります。

尊が亡くなられた後、父君景行天皇が東国を回られた際、半年ほどこの地に滞在されたことから、ここは「高宮の里」と呼ばれるようになりました。(この高宮という地名は、明治まで使われていました。)
そして、明治41年に高宮内の17神社を合祀し、今の「加佐登神社」となりました。合祀した神社の中には、延喜式内社「倭文(しどり)神社」も含まれています。

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加佐登神社の基本情報

住所三重県鈴鹿市加佐登町2010
行き方

【 お車で来られる方 】
 ・東名阪 鈴鹿ICより 車で10分
 ・国道1号線 上野町交差点より 車で5分      
【 電車で来られる方 】
 ・JR関西線 加佐登駅より 徒歩20分
 ・近鉄平田町駅より C-BUS椿・平田で 15分 〜加佐登神社前下車 徒歩5分

アクセスを詳しく見る
名称加佐登神社
読み方かさどじんじゃ
通称かさどさん
参拝時間

終日参拝は可能。
社務所・授与所は、午前8時ころより午後5時ころまで。
(ただし、出張祭典等で不在の場合もありますので、電話等でご確認願います。)

参拝にかかる時間

約30分

参拝料

なし

トイレあり
御朱印あり

毎月の月次祭「8日」のみ、復刻した御朱印を使用した特別御朱印があります。
現在「夏詣」開催中です。期間中は夏詣特別御朱印となります。(令和4年6月27日〜8月8日まで)

限定御朱印あり
御朱印帳に直書きあり

御朱印の郵送対応あり

御朱印帳なし
電話番号059-378-0951
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
メールアドレスinfo@kasado-jinja.com
ホームページhttps://www.kasado-jinja.com/
お守りあり
絵馬あり
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詳細情報

ご祭神《主》日本武尊
《合》  速玉之男命・ 伊邪那岐神・ 豫母津事解之男神・天羽槌雄神(延喜式内社倭文神社を合祀、鈴鹿郡19座の1つ)・天照大御神・豊受大神・ 大雀命・ 大國主命・ 品陀和氣命・ 息長帯比賣命・ 火之迦具土神・伊邪那美神・ 菅原道真・ 大山津見神・気吹戸主神・ 建速須佐之男命
《末社》
 ・金刀比羅神社    大物主神・少毘古名神
 ・日代神社    景行天皇 
 ・稲荷大神社    建速須佐之男神 ・宇迦之御魂神 ・大市比賣神 
 ・多度神社    天津日子根命 ・天目一箇命 
 ・内内神社    建稲種命 ・美夜受比賣命 
ご神体日本武尊の形見の「笠」と「杖」
創建時代不明
創始者不明
本殿神明造
ご由緒

当社の創始は定かではありません。
主祭神・日本武尊(倭建命、ヤマトタケルノミコト)は、『古事記』『日本書紀』にも記されている、大和の国(古代の日本国)を統一に導いた伝説の英雄です。(諸説ありますが、4〜5世紀、およそ今から1600年くらい前のことと云われております)
第12代景行天皇の第2皇子として生まれた小碓命(おうすのみこと)は、若い頃から武勇にすぐれておりました。西国は九州の熊襲タケル・出雲タケルなどの豪族を従えてまわり、その後休む間も無く、帝の命令により東の蝦夷などの統一に向かわれました。

東国を統一したその帰り道、尾張国のお妃・美夜受比賣命(宮津姫命)に神剣・天叢雲剣(草薙剣)を預け、伊吹山へ向かいました。(後にこの神剣が熱田神宮に祀られることとなります。三種の神器のひとつです。)しかし、尊は伊吹山の戦いで傷つき、病におかされてしまいます。

尊は動かない体を引きずって、この能褒野の地にたどり着き、ここから遙かに父君のいる大和を望んでその短い生涯を終えられたと伝えられています。(※能褒野の場所については諸説ありますが、古代では、鈴鹿山脈の裾野あたりの一帯が「のぼり野」や「のぼの原」と云われていたようです。東海道より鈴鹿山脈まではなだらかな高台で、古代の古墳が数多くあります。その中の一つが、白鳥塚古墳です。)

そのときわずか30歳余りであったとされています。(※多度〜桑名〜四日市〜鈴鹿へと進まれた、尊の足跡にはいろいろな地名が残っております。この地の「三重」という名も尊の説話からきているのです。)

    倭は  国のまほろば   (大和は国の中でいちばん優秀なところだ)
    たたなづく  青垣      (山々が重なりあって青い垣根のようだ)
    山隠れる  倭し美し   (山々に囲まれている大和の国はほんとうに美しい)

この歌は、尊が亡くなられる前鈴鹿の山々を眺めながら故郷を偲んだ歌、いわゆる「国偲びの歌」とよばれるものです。

尊の亡くなられたところが、本殿北西にある「白鳥塚」(白鳥御陵)です。
この白鳥塚のそばに、尊が亡くなる時に持っていた形見の「笠」と「杖」をお祀りしたのが、加佐登神社の始まりと伝えられています。

明治時代までは「御笠殿社」と呼ばれ、尊が亡くなられるまで病気に悩まされていたことから、病気平癒によく効くと、いにしえから今に至るまで人々の篤い信仰があります。

尊が亡くなられた後、父君景行天皇が東国を回られた際、半年ほどこの地に滞在されたことから、ここは「高宮の里」と呼ばれるようになりました。(この高宮という地名は、明治まで使われていました。)
そして、明治41年に高宮内の17神社を合祀し、今の「加佐登神社」となりました。合祀した神社の中には、延喜式内社「倭文(しどり)神社」も含まれています。

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Wikipediaからの引用

概要
加佐登神社(かさどじんじゃ)は三重県鈴鹿市にある神社である。
アクセス
交通アクセス[編集] JR関西本線 加佐登駅下車、徒歩で約20分。 JR関西本線 加佐登駅・近鉄鈴鹿線 平田町駅から C-BUS:椿・平田線に乗り換えて「加佐登神社」バス停下車、徒歩で約5分。
行事
祭事[編集] 月次祭(毎月8日) 歳旦祭(1月1日) 祈年祭(2月21日) 春季大祭(4月8日) - 通称「八日さん」。日本武尊の薨じた日とされる。 天王祭(7月31日) - 茅の輪くぐりが行われる。 例祭(10月8日) 新嘗祭(11月30日)
引用元情報加佐登神社」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%8A%A0%E4%BD%90%E7%99%BB%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=92069368
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