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神祇伯
神祇伯
2020年10月19日(月) 20時02分06秒
1693投稿

伊勢国多気郡の式内社です。櫛田神社っていうと、博多おくんちや博多どんたくで有名な福岡の櫛田神社ですが、天平宝字元年(757年)に当社を勧請して創建したとされています。

櫛田神社の鳥居

《鳥居》

櫛田神社のその他建物

《社号碑》

櫛田神社の手水舎

《手水舎》
後ろの蛇口を捻ると水が出ます。

櫛田神社の鳥居

《拝殿》

櫛田神社の本殿・本堂

《扁額》
実はこの櫛田神社、明治の神社合祀の政策の対象となり、神山神社に合祀されます。
その後、昭和に入って氏子の希望によって分祀し、再建されました。
伊勢国の式内社は特に明治の神社合祀の対象にされてしまった例が多いです。なんの恨みが…

櫛田神社のその他建物

《御木曳初式の模型》
もともと当社の創建は、天照大御神さまの鎮座地を探していた倭姫命さまを案内した大若子命さまを祀ったとされており、神宮の創建に間接的に関わっています。

櫛田神社のその他建物

《御神木?》

櫛田神社の末社・摂社

《末社?》
神社のようにも見えますし、神明造のせいで倉庫にも見えます。

櫛田神社のその他建物

《平和の礎》

櫛田神社のその他建物

《櫛の碑》
👁チェックポイント‼️
実は社名に関連して、理容美容業者の信仰を集めており、三重県美容業生活衛生同業組合方によって建立されました。

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吾亦紅
吾亦紅
2021年09月12日(日) 16時05分21秒
143投稿

住宅街から奥に入っていったところに鎮座されています。
地元の方しか通らない細い道で、少々わかりづらいです。

櫛田神社のその他建物
櫛田神社の歴史

以前この櫛田神社は、近くの神山神社に合祀されて、その後また櫛田神社としてこちらに鎮座されたそうです。
先日、神山神社にお参りしたばかりなので、ご縁を感じます。

櫛田神社の鳥居
櫛田神社の手水舎

手水は、そばを流れる櫛田川の伏流水

櫛田神社の狛犬
櫛田神社の狛犬
櫛田神社の自然
櫛田神社(三重県)
櫛田神社の狛犬
櫛田神社の本殿・本堂
櫛田神社の本殿・本堂
櫛田神社の本殿・本堂
櫛田神社の自然

境内の奥には御神木。

櫛田神社の自然

縁結びの御神木とは…?

櫛田神社の自然

こんな風に、寄り添って生えていました。

櫛田神社のその他建物

伊勢神宮の遥拝所

櫛田神社のその他建物
櫛田神社のその他建物

櫛の碑の隣には、大きな銀杏の木。
秋に訪れたらきれいでしょうね。

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歴史

人皇第11代垂仁天皇の御代22年(紀元前8年)皇女倭姫命が 天照大神 を奉戴され、ご鎮座の地を探し求めて行幸された時、津あたりから伊勢志摩方面までを当地に在りし大若子命が道案内をされ、伊勢にご鎮座されるまで倭姫命の手となり足となって働かれました。同25年(紀元前5年)倭姫命は飯野高宮に居られましたが、ある時、田の中に櫛を落され、大若子命が拾ってさし上げました。倭姫命はその地を櫛田と名付けられ、櫛田の社を定められました。その後も大若子命は武人として数々の功績を残され、倭姫命は大若子命を櫛田神社のご祭神としてお祀りするようご命じになりました。大若子命は後に大幡主命と改名されております。 当社は皇大神宮所管で、宮七院・社十二の内巻頭第三位の格式を持ち、当時は櫛田大社と呼ばれておりました。時代が移り明治41年12月、時の政府の一村一社制の司令により、飯野高宮神山神社に統合されましたが、敬神の念厚き氏子の運動により、昭和8年2月3日現在の地に再建されました。

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櫛田神社の基本情報

住所

三重県松阪市櫛田町724

行き方

近鉄山田線「櫛田駅」から徒歩10分

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名称

櫛田神社

読み方

くしだじんじゃ

御朱印あり
限定御朱印なし

詳細情報

ご祭神大若子命、市杵島姫命、櫛玉命
創建時代

垂仁天皇二十二年(再建は昭和八年)

創始者

倭姫命

本殿

神明造

ご由緒

人皇第11代垂仁天皇の御代22年(紀元前8年)皇女倭姫命が 天照大神 を奉戴され、ご鎮座の地を探し求めて行幸された時、津あたりから伊勢志摩方面までを当地に在りし大若子命が道案内をされ、伊勢にご鎮座されるまで倭姫命の手となり足となって働かれました。同25年(紀元前5年)倭姫命は飯野高宮に居られましたが、ある時、田の中に櫛を落され、大若子命が拾ってさし上げました。倭姫命はその地を櫛田と名付けられ、櫛田の社を定められました。その後も大若子命は武人として数々の功績を残され、倭姫命は大若子命を櫛田神社のご祭神としてお祀りするようご命じになりました。大若子命は後に大幡主命と改名されております。 当社は皇大神宮所管で、宮七院・社十二の内巻頭第三位の格式を持ち、当時は櫛田大社と呼ばれておりました。時代が移り明治41年12月、時の政府の一村一社制の司令により、飯野高宮神山神社に統合されましたが、敬神の念厚き氏子の運動により、昭和8年2月3日現在の地に再建されました。

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