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こうげんじ|臨済宗天龍寺派

弘源寺のお参りの記録一覧
京都府 嵐山(京福)駅

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2026年03月17日(火)3287投稿

弘源寺は京都市右京区にある天龍寺塔頭寺院です。
こちら弘源寺も以前特別拝観で参拝しました。
山門は開いていたのですが 「特別拝観は終了致しました」との看板がありました。
残念。
春の特別拝観はもう少し先ですね。
枯山水庭園「虎嘯の庭」も美しいのですが 本堂(書院?)の襖絵が見事です。
竹内栖鳳とその一門の日本画が見られます。
蛤御門の変の際に逗留した長州藩士のつけた刀傷が柱に残っていることでも有名です。
この日は山門前で合掌し 写真を撮らせていただきました。

ネット情報です。
当寺は 1429年に細川家9代当主で 室町幕府第14代管領・細川持之が天龍寺を開山した夢窓国師・夢窓疎石の三世の法孫・玉岫禅師(ぎょくしゅうえいしゅ)を招聘して小倉山の麓に創建しました。
弘源寺の名称は細川持之の院号に由来しています。
その後度々焼失し 1882年に維北軒(いほくけん)と合寺し 現在の場所に移りました。
本尊は聖観世音菩薩です。
本堂の柱に残る刀傷は 京都御所蛤御門の変(1864)に際し天龍寺に陣を構えた長州藩の軍勢が 血気に逸り試し切りなどをしたものです。
虎嘯の庭は 「龍吟雲起 虎嘯風生」(龍吟じて雲起こり 虎嘯きて風生ず)と言う語句から名付けられています。
「龍吟」は枯れ枝の間を抜ける風の音を表し 「虎嘯」は大地より涌出る朗々たる響きを表す 禅の悟りの境涯を表しているそうです。
嵐山を借景にした枯山水庭園が見事です。

弘源寺(京都府)

山門は開いていますが拝観できません

弘源寺(京都府)

寺号標

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nomuten
nomuten
2022年05月09日(月)1467投稿

京都市内の寺院巡りの7寺目は、右京区の嵐山·渡月橋の近くに在る天龍寺塔頭の弘源寺です。
臨済宗天龍寺派で、本尊は聖観音菩薩。
こちらの毘沙門堂に安置される毘沙門天は重文です。
春の特別拝観(3/19~5/15)で訪れました。(通常非公開で、春と秋に公開される。)

1429年に室町幕府の管領であった細川持之が、天龍寺の開山である夢窓国師の孫弟子にあたる玉岫禅師を開山に迎え創建。創建時は小倉山の麓に位置し広大な寺領を有していたが、幾度かの火災に遭遇し変遷を重ね、明治15年に末庵である維北軒と合寺して現在に至ります。

6寺目が下京区の五条大橋近くでしたので五条通りを西へ行って、桂川沿いに上がって渡月橋のたもとへ。流石嵐山、いつ来ても凄い人出です。天龍寺の駐車場(1回1000円)に停めました。天龍寺本堂への参道の途中の右側(北側)に山門があり、立看板がありましたので直ぐにわかりました。同じ天龍寺塔頭の宝厳院も特別拝観期間中で、折角なので弘源寺と宝厳院の共通参拝券(900円)を購入。
山門の正面にある玄関から入ります。本堂というより書院風の建物で、枯山水庭園「虎嘯の庭」が綺麗です。仏間には本尊·聖観音菩薩が祀られていましたが廊下からなので遠くてよくわからず。また、竹内栖鳳とその一門(上村松園・西山翠嶂・徳岡神泉ほか)の日本画が展示されていました。柱には幕末に長州藩の兵がつけた刀傷が残っていました。拝観後に御朱印を頂きました。
玄関から出て順路の最後に毘沙門堂。お堂には入れず戸口から毘沙門天像を観ます。平安時代前期の9世紀頃の作と考えられる像で、伝えによればインドから比叡山の無動寺に伝来した像がこちらに遷されてきたとの事。極端に腰を曲げてとても躍動感があります。こんな毘沙門天は観たことがないです。お顔も何か可愛らしい。魅力的です。
こちらをあとにして宝厳院に向かいました。

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