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いまみやじんじゃ

今宮神社のお参りの記録一覧
京都府 北大路駅

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のぶさん
のぶさん
2023年11月06日(月)1689投稿

当社地には平安建都以前より疫神(えきしん)を祀る社があったといわれる。建都ののち平安京が都市として栄える一方で、人々はうち続く疫病や災厄に悩まされ、これを鎮めるため神泉苑、御霊社、祗園社など各地で盛んに御霊会(ごりょうえ)が営まれた。今宮社の紫野御霊会もその一つである。すなわち、一条天皇の御代正暦五年(994)六月、当社地の疫神を二基の神輿に齋いこめて船岡山に安置し、神慮を慰め奉って悪疫退散を祈った。これが紫野御霊会であり今宮祭の起源である。そしてこの時、京中の老若男女は挙って神輿に供をし船岡山へ登り、綾傘に風流を施し囃子に合わせて唱い踊り、病魔のよれる人形を難波江に流したといわれる。これが夜須礼(やすらい祭)である。長保三年(1001)ご霊夢によって疫神は船岡山から再び現在の当社地に奉遷され、新たに設けられた神殿三宇ともども今宮社と名づけられた。これが今宮神社の起源である。創祀以来朝野の崇敬を集め、とりわけ徳川綱吉公生母桂昌院の崇敬は西陣への愛郷の念とともに厚く、元禄七年(1694)には荒廃していた社殿の造営など大いに務められ、祭礼も往時のような盛況を取り戻したと伝えられる。明治二十九年本社殿を焼失したが、同三十五年に再建し、その後も西陣をはじめ多くの人々の崇敬を集めている。

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らんでぃー
らんでぃー
2023年04月29日(土)388投稿

まだ小雪舞う肌寒い時期に京都の御朱印巡りをいたしました。 まず最初に向かったのは、京都市北区紫野今宮町にある今宮神社、別名「玉の輿神社」とも言われる良縁祈願として有名な神社です。 朝一番に訪れたので、まだ他の参拝者は見かけませんでしたが、何やら映画かTVの撮影クルーらしき人達が大勢集まっていた為、お仕事の邪魔にならないようお詣り致しました。
今宮神社は平安時代、京の都を幾度となく脅かす疫病を鎮める為に長保3年(1001年)、朝廷によって建てられた今宮社が起源とされる神社で、本社には、大己貴命(おおなむちのみこと)、事代主命(ことしろぬしのみこと)、奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)の三柱、疫社に素盞嗚尊(すさのをのみこと)を祀ります。 室町時代中期、応仁元年(1467年)に起こった応仁の乱の兵火により社殿は焼失しますが、明応5年(1496年)に室町幕府11代将軍・足利義澄(あしかがよしずみ)によって再興、その嫡子であり同じく室町幕府12代将軍・足利義晴(あしかがよしはる)によって大永5年(1525年)に神輿が造替され、天文13年(1544年)には社殿が修復されました。 また、文禄2年(1593年)には太閤・豊臣秀吉(とよとみひでよし)により御旅所が再興され、神輿1基が奉納されています。 「玉の輿」の謂われは、地元、西陣の八百屋に生まれた「お玉」という町娘が、江戸幕府第3代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)の側室となり、後に5代将軍・綱吉(つなよし)の生母・桂昌院(けいしょういん)として従一位という女性としての最高位にまで昇り詰めた事が由来で、桂昌院は特に今宮神社に対する崇敬が厚く、元禄7年(1694年)には社殿の造営や祭事の整備など様々な施策を行ったといい、ここ今宮神社に由縁のあることで知られています。
朝一番に訪れた為に参拝時、名物・あぶり餅の店はまだ準備中で、今回戴くことは叶わず。 …残念。

今宮神社(京都府)

今宮神社・桜門

今宮神社(京都府)

今宮神社・手水舎(お玉の井)

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