だいとくじ|臨済宗大徳寺派大本山|龍寶山
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大徳寺について
戦国武将の塔頭が立ち並ぶ大伽藍
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京都市北区にあるお寺です。
大徳寺さんには塔頭寺院が多くあり 特別拝観の時などに巡ったつもりでいたのですが 通常非公開寺院が多く 未参拝寺院がありましたので 今回巡ることにしました。
まずは本山から。
塔頭寺院が多くあるため 境内はとても広いです。
特別拝観で公開されたことのある山門(金毛閣)は見事です。
続いて仏殿があり 拝観されているわけではないですが内部を観ることができました。
続いて法堂。こちらも以前特別拝観で公開されたことがあります。
庫裡や方丈は公開されておらず拝観できませんでした。
いつ訪れても落ち着いた雰囲気でお参りできるので 大好きな寺院の一つです。
ネット情報です。
山号は龍寶山
宗旨宗派は臨済宗大徳寺派
寺格は大本山
京都五山 → 林下
ご本尊は釈迦如来
創建年は正和4年(1315年)もしくは元応元年(1319年)
開山は宗峰妙超
です。
京都でも有数の規模を有する禅宗寺院で 境内には仏殿や法堂をはじめとする中心伽藍のほか 別院2か寺 塔頭20か寺が立ち並び 近世寺院の雰囲気を残している。
大徳寺は多くの名僧を輩出し 茶の湯文化とも縁が深く 日本の文化に多大な影響を与え続けてきた寺院である。
本坊および塔頭寺院には 建造物・庭園・障壁画・茶道具・中国伝来の書画など 多くの文化財を残している。
なお 大徳寺本坊は一般には非公開であり 塔頭も多くは非公開である。
大徳寺の開祖である禅僧・宗峰妙超は 弘安5年(1282年)に播磨国(現・兵庫県)で赤松氏の家臣・浦上一国と赤松則村(円心)の姉との間に生まれた。
11歳の時 地元の大寺院である圓教寺に入って天台宗を学ぶが 後に禅宗に目覚めて鎌倉の高峰顕日 京都の南浦紹明に参禅。
その後 数年間京都東山で修行を続けていた宗峰妙超は 正和4年(1315年)ないし元応元年(1319年)に叔父の赤松則村(円心)の帰依と寄進を受け 洛北紫野の地に小堂・大徳庵を建立した。
これが大徳寺の起源という。
花園上皇は宗峰に帰依し 正中2年(1325年)に大徳寺を祈願所とする院宣を発し 勅願寺とされた。
花園上皇や光厳天皇ら歴代天皇 中御門経継 守良親王 新田義貞などの有力貴族からの寄進を受け 元弘3年(1333年)頃には播磨国 摂津国 紀伊国などの畿内各地に加え 信濃国 下総国 美濃国のなど広範囲にわたって延7,600石の寺領を有していた。
後醍醐天皇も当寺を保護し 建武元年(1334年)には当寺を京都五山のさらに上位に位置づけるとする綸旨を発している。
また 後醍醐天皇の勅願寺とされている。
しかし 建武の新政が瓦解して室町幕府が成立すると 後醍醐天皇と関係の深かった大徳寺は足利将軍家から軽んじられ 京都五山から除かれてしまった。
至徳3年(1386年)には十刹の最下位に近い第9位とされている。
このため第二十六世養叟宗頤は 永享3年(1432年)に足利政権の庇護と統制下にあって世俗化しつつあった五山十刹から離脱し 座禅修行に専心するという独自の道をとった。
五山十刹の寺院を「叢林」(そうりん)と称するのに対し 同じ臨済宗寺院でも 当寺や妙心寺のような在野的立場にある寺院を「林下」(りんか)という。
その後の大徳寺は 貴族・大名・商人・文化人など幅広い層の保護や支持を受けて栄え 室町時代以降は一休宗純をはじめとする名僧を輩出している。
享徳2年(1453年)の火災 次いで応仁の乱により仏殿や法堂が消失するなどの被害がでて当初の伽藍を失って衰退したが 一休が堺の豪商・尾和宗臨らの協力を得て復興している。
また 各地の守護大名によって塔頭が建立されたりもしている。
侘び茶を創始した村田珠光などの東山文化を担う者たちが一休に参禅して以来 大徳寺は茶の湯の世界とも縁が深く 武野紹鴎・千利休・小堀遠州をはじめ多くの茶人が大徳寺と関係をもっている。
また国宝の塔頭龍光院密庵(みったん)など文化財に指定された茶室も多く残る。
天正10年(1582年)6月2日の本能寺の変で織田信長が自害した後の同年10月15日には 羽柴秀吉によって信長の葬儀が当寺で盛大に執り行われている。
翌天正11年(1583年)には秀吉によって信長の菩提寺として塔頭・総見院が創建され これ以後も秀吉や諸大名から篤い帰依を受けた。
また 諸大名による塔頭の建立が相次ぎ当寺は隆盛を極めた。
天正17年(1589年)には千利休によって作りかけであった山門の金毛閣が完成している。
利休は晩年にこの山門修築の事業を引き継いで門の上に閣を重ねて楼門を造り金毛閣を寄進した。
利休は山門を修復した後 住職の春屋宗園に山門の供養を書かせた。
その後 上層に雪駄を履いた利休の木像が安置されたことにより 豊臣秀吉が激怒して利休を切腹させたとされる。
江戸時代初期に江戸幕府の統制を受け 元住持の高僧・沢庵宗彭が紫衣事件で流罪となる圧迫を受けたが 三代将軍徳川家光が沢庵に帰依したこともあって幕府との関係ものちに回復した。
近世には「二十四塔頭・六十寮舎・子庵」あるいは「二十四塔頭・准塔頭五十九宇(「六十五宇」とも)」などと呼ばれ 末寺は25か国280余寺 末寺の塔頭130余院を数えるほど栄え 朱印地は2,011石余を有した。
この広大な寺領が大徳寺の経済的基盤であったが 明治維新後の上知令によって多くを失ってしまう。
なんとか堂宇を維持するため1878年(明治11年)に塔頭13寺を合併(事実上の廃絶) 4寺を切縮 20寺を永続塔頭とする縮小を行うものの 寺運は栄え今日に至っている。

東側の総門の方が大きいのですが 南門から入りました

境内案内図 よーく見ておく

勅使門

山門(金毛閣)


山門 裏から

仏殿

内陣 天井絵は龍です

仏殿横から

法堂に回廊で繋がっています

法堂

寝堂に回廊で繋がっています

庫裡や方丈の入口 拝観できません

京都市の由緒書

京都市北区にあるお寺です。
織田信長の葬儀を豊臣秀吉が執り行ったことで有名なお寺です。
境内塔頭をいくつもおもちで 塔頭や山門の特別拝観があります。
山号は龍寶山 宗旨宗派は臨済宗大徳寺派 寺格は大本山 元京都五山 ご本尊は釈迦如来 創建年は正和4年(1315年)もしくは元応元年(1319年) 開山は峰妙超です。
この日は総見院が特別拝観されていましたが 以前お参りしましたので 今日は門前で手を合わせるだけにしました。
大徳寺は特別拝観ではにのですが 仏殿を覗き見ることができました。
ご本尊の釈迦如来坐像を拝顔できたのは嬉しかったです。
天井画は狩野元信による飛天図です。
いつお参りしても 参拝者がいらっしゃるお寺です。
広い境内をのんびり歩くのは気持ちの良いものです。
歴史
臨済宗大徳寺派の大本山で龍寶山と号する。
鎌倉時代末期の正和4年(1315)に大燈国師宗峰妙超禅師が開創。室町時代には応仁の乱で荒廃したが、一休和尚が復興。桃山時代には豊臣秀吉が織田信長の葬儀を営み、信長の菩提を弔うために総見院を建立、併せて寺領を寄進、それを契機に戦国武将の塔頭建立が相次ぎ隆盛を極めた。
勅使門から山門、仏殿、法堂(いずれも重文)、方丈(国宝)と南北に並び、その他いわゆる七堂伽藍が完備する。山門は、二階部分が、千利休居士によって増築され、金毛閣と称し、利休居士の像を安置したことから秀吉の怒りをかい利休居士自決の原因となった話は有名。本坊の方丈庭園(特別名勝・史跡)は江戸時代初期を代表する枯山水。方丈の正面に聚楽第から移築した唐門(国宝)がある。方丈内の襖絵八十余面(重文)はすべて狩野探幽筆である。什宝には牧谿筆観音猿鶴図(国宝)、絹本着色大燈国師頂相(国宝)他墨跡多数が残されている。(10月第二日曜日公開)現在境内には、別院2ヶ寺、塔頭22ヶ寺が甍を連ね、それぞれに貴重な、建築、庭園、美術工芸品が多数残されている。
大徳寺の情報
| 住所 | 京都府京都市北区紫野大徳寺町53 |
|---|---|
| 行き方 | 京都市バス「大徳寺前」下車徒歩すぐ。 |
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大徳寺の基本情報
| 名称 | 大徳寺 |
|---|---|
| 読み方 | だいとくじ |
| 参拝料 | 本坊は通常非公開 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 075-491-0019 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://www.rinnou.net/cont_03/07daitoku/ |
詳細情報
| ご本尊 | 釈迦如来 |
|---|---|
| 山号 | 龍寶山 |
| 宗旨・宗派 | 臨済宗大徳寺派大本山 |
| 創建時代 | 1315年(正和4年) |
| 開山・開基 | 大燈国師宗峰妙超 |
| ご由緒 | 臨済宗大徳寺派の大本山で龍寶山と号する。
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| 体験 |
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