りょうせんあん|臨済宗大徳寺派
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京都市北区にある大徳寺の塔頭寺院の一つです。
大徳寺の西側の参道を北に上がった先に塔頭寺院がいくつかかたまってあります。
芳春院から出てすぐの場所にあり 芳春院盆栽庭園と書かれていました。
なので芳春院の一部 塔頭寺院ではないという認識でした。
芳春院に一時合併されていたことのある龍泉庵ですが 寺院として再興されていました。
龍泉庵の石柱を見つけました。
参道にはいくつか盆栽が並んでいて 中には200年ものがありました。
盆栽って わざと小さく育てるんでしょ。(知らんけど)
200年ものなのに まぁちっさいこと。
奥に進むと拝観受付がありました。
龍泉庵の拝観ではなく 芳春院の盆栽庭園(龍泉庵の目の前)の拝観料でしたので止めました。
ネット情報です。
明応年間創建。
明治維新後廃絶したが 1958年(昭和33年)紹溪尼(佐々木ルース夫人)が日米第一禅協会日本支部を設立し 庵を復興。
庵には 米国人・ルース紹溪尼により日米第一禅協会が置かれ 海外での禅評価の先駆になった。
大徳寺四派の一つ 龍泉派(関東派)の本庵。
室町時代 明応年間(1492-1501)、当初は本坊北に創建された。
陽峰宗韶(ようほう-そうじょう)の開祖により 龍泉軒と称された。(『龍宝山大徳禅寺志』)
安土・桃山時代 天正年間(1573-1592) 大用庵の寮舎として使われたとみられる。
その後 龍泉庵に改められ 大徳寺四派の一つ 龍泉派の本庵塔頭になる。
日新宗益(にっしん-そうえき 1557-1620)が再興する。
江戸時代 元和年間(1615-1624) 正清院が再興に関わる。
1636年/江戸時代(1603-1868)中期 方丈が修築される。
現在地 塔頭・総見院北に移された。
近代 1868年以降 神仏分離令後の廃仏毀釈により荒廃する。
1876年 塔頭・芳春院に合併される。
その後 廃絶する。
現代 1958年 米国人・ルース紹溪尼(佐々木ルース夫人)により再興された。

芳春院盆栽庭園ってあるでしょ

龍泉庵の石柱がありました 座禅体験もできるようです

お庭までの参道にも盆栽が並びます

五葉松 約50年

杜松 約200年

もみじ 約25年

真柏 約35年

五葉松 約100年

小真弓 約30年

ぶな 約60年

この先が芳春院の庭園と龍泉院です お庭の拝観料1000円
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| 名称 | 龍泉庵 |
|---|---|
| 読み方 | りょうせんあん |
| 電話番号 | 075-491-0543 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
詳細情報
| ご本尊 | 釈迦牟尼 |
|---|---|
| 宗旨・宗派 | 臨済宗大徳寺派 |
| 創建時代 | 開創:1492~1501年 |
| 開山・開基 | 陽峰宗韶 |
| 文化財 | 以天宗清像(画):市指定文化財 1550年 |
| ご由緒 | 大徳寺境内の北に塔頭・龍泉庵(りょうせんあん)がある。庵には、米国人・ルース紹溪尼により日米第一禅協会が置かれ、海外での禅評価の先駆になった。
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