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せんじょうじ|浄土宗西山禅林寺派熊谷山

専定寺
京都府 七条駅

御朱印について御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
なし

なし

その他の巡礼の情報

洛陽四十八願地蔵尊第43番(獅子地蔵)

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2026年08月27日(木)3823投稿

専定寺は京都市東山区にあるお寺です。
前回の東山散策で夏バテしてしまったので 2週間空けて再び東山に訪れました。
いつからだろう こんなに夏に弱くなったの。
8月の奈良公園を2日間にわたって巡りたおした記憶もあるのに。。。。
今日は豊国神社を中心に巡りました。
まずは豊国神社の正面の道を下ったところにあるお寺です。
専定寺は烏寺とも呼ばれるそうです。
山門は開いていたのですが 柵があって中には入れません。
本堂前には車が停められていましたので 本堂の様子も分かりませんでした。
由緒書の駒札があるので 歴史のあるお寺だということは分かりました。
山門前で合掌しました。
お寺の目の前に大きな塚がありました。
見て見ると「耳塚(鼻塚)」と書かれています。

説明を読んで悲しくなりました。
朝鮮に侵攻した秀吉輩下の武将は 首級のかわりに挑戦軍民男女の鼻や耳をそぎ 塩漬けにして持ち帰ったそうです。
戦国時代までの武士は戦功の証として 高級将校は死体の首をとって検分し首塚で供養していたが 一揆(兵農分離前の農民軍)や足軽など身分の低いものは鼻や耳でその数を証した。
文禄・慶長の役では首をそのまま持ち帰ることが難しいことや 人身売買目的での誘拐(人取り)の抑制として 豊臣秀吉が耳や鼻の量が一定に達した者(一定の戦功を挙げた者)から人取りを許可したため大規模に行われた。
これ武功じゃなく愚行ですよね。
歴史を正しく知るために これは載せさせていただきました。

ネット情報です。
方広寺の西にある専定寺は 烏寺(からすでら)とも呼ばれる。
山号は熊谷山という。
浄土宗西山禅林寺派。
本尊は阿弥陀如来坐像。
洛陽四十八願所地蔵めぐり(京都四十八願寺)の第43番札所 札所本尊はそば喰地蔵(獅子地蔵)。
鎌倉時代 1208年 専定(せんじょう)法師という旅僧が 熊谷直実に因み この地に草庵を結んだのが始まりという。
もとは天台宗だったという。
創建年は不明 堯淳という僧が開いたともいう。(『京都府地誌』)
また 江戸時代 1666年 浄西により創建されたともいう。
寛文年間(1661-1673) そば喰地蔵(獅子地蔵)は第112代・霊元天皇の命により 僧・宝山が洛外・六地蔵以外の48か寺の地蔵尊を選んだ洛陽四十八願所の霊場の一つになる。
本堂安置の本尊「阿弥陀如来坐像」(京都市文化財指定)は秘仏とされている。
平安時代の後白河法皇の念持仏だったという。
平安時代後期作とみられ 金箔による像内化粧(像内漆箔)が施されている。

専定寺(京都府)

この道は豊国神社から続く正面通です

専定寺(京都府)

豊国神社からすぐ近くです

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歴史

熊谷山と号する浄土宗西山禅林寺派の寺である。
寺伝によれば、昔、専定法師という旅僧がこの辺りの松の木陰で休んでいると、二羽の烏が梢に止まり、「今日は、蓮生坊(熊谷直実)」の極楽浄土の日である。我々もお見送りしようではないか」と語り合い、南の空へ飛び立った。法師が不思議に思って蓮生坊の庵を訪ねたところ、烏が話をしていた同日(承元二年(1208)九月十四日)同刻に亡くなっていた。
このことから、ここを有縁の霊域と感じた法師が草庵を結んだのが当寺の起こりといわれている。
かつては、この故事を伝えるため、境内の松の梢に土焼の烏が置かれており、大仏七不思議(方広寺周辺に伝わる七不思議)の一つに数えられていた。
本堂に安置されている本尊・阿弥陀如来坐像は後白河法皇の念持仏と伝えられ、金箔による像内化粧が施されているなど貴重なもので、京都市の有形文化財に指定されている。

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専定寺の情報

住所京都府京都市東山区本町4-145
行き方

京阪電車 七条駅下車 徒歩7分
市バス 博物館・三十三間堂下車 徒歩5分

専定寺の基本情報

名称専定寺
読み方せんじょうじ
通称烏寺
参拝料

なし

御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号075-541-0892

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご本尊阿弥陀如来
山号熊谷山
宗旨・宗派浄土宗西山禅林寺派
文化財

京都市の有形文化財 本尊・阿弥陀如来坐像

ご由緒

熊谷山と号する浄土宗西山禅林寺派の寺である。
寺伝によれば、昔、専定法師という旅僧がこの辺りの松の木陰で休んでいると、二羽の烏が梢に止まり、「今日は、蓮生坊(熊谷直実)」の極楽浄土の日である。我々もお見送りしようではないか」と語り合い、南の空へ飛び立った。法師が不思議に思って蓮生坊の庵を訪ねたところ、烏が話をしていた同日(承元二年(1208)九月十四日)同刻に亡くなっていた。
このことから、ここを有縁の霊域と感じた法師が草庵を結んだのが当寺の起こりといわれている。
かつては、この故事を伝えるため、境内の松の梢に土焼の烏が置かれており、大仏七不思議(方広寺周辺に伝わる七不思議)の一つに数えられていた。
本堂に安置されている本尊・阿弥陀如来坐像は後白河法皇の念持仏と伝えられ、金箔による像内化粧が施されているなど貴重なもので、京都市の有形文化財に指定されている。

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