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ほんまんじ(ほんがんまんぞくじ)|日蓮宗本山廣宣流布山(廣布山)

本満寺(本願満足寺)のお参りの記録一覧
京都府 出町柳駅

くるくるきよせん
くるくるきよせん
2025年12月08日(月) 00時06分21秒
3004投稿

京都市上京区にあるお寺です。
相国寺の東側 京都御苑の北東にあります。
こちらをお参りするのは2度目かな。
日蓮宗の本山になります。妙見宮があることでも有名です。
今回訪れたのは 境内塔頭をしっかりお参りしていなかったからです。
ホトカミでは こちらの境内塔頭も登録されていたんですね。チェックして知りました。
以前訪れた時には 日蓮宗本山のカードをいただきました。
今回は16時を少しだけ過ぎてしまいましたので 寺務所へは寄らずです。
雨は止んだのですが 曇っていて時計の時刻より遅い時刻に感じます。
写真よりもう少し暗くて いい雰囲気の中お参りできました。

ネット情報です。
山号は広宣流布山・広布山・廣宣流布山・布山 宗旨は日蓮宗 寺格は本山(由緒寺院) ご本尊は十界曼荼羅 創建年は応永17年(1410年) 開山は日秀 札所等は洛中法華21ヶ寺・洛陽十二支妙見めぐり・丑(北北東)です。
応永17年(1410年)に本国寺から分立し 六老僧の一人日持を崇敬開山として玉洞妙院日秀(関白近衛道嗣の子)が開いた。
当時は上京区元本満寺町(新町通今出川上る西入)付近にあった。
天文5年(1536年)に天文法華の乱で焼失し 堺に避難する。
寺伝によれば それから間もない天文8年(1539年)に関白近衛尚通が現在の地に移建し 後奈良天皇の勅願寺となったという。
ただし 移建の時期については異説もある。
山科言継の日記『言継卿記』の記載によれば 天文14年(1545年)の時点で本満寺は「近衛殿近所」に存在していた。
この「近衛殿近所」が具体的にどこを指すかは定かでないが 本満寺の現在地(寺町通り今出川上る)には該当しない。
このことから 天正18年(1590年)頃 豊臣秀吉が京都の寺院を寺町通り沿いに強制移転させた時期に本満寺も移建されたとする説もある。

本満寺(本願満足寺)(京都府)

山門までの道が広いです

本満寺(本願満足寺)(京都府)

寺号の石柱

本満寺(本願満足寺)(京都府)

山門は開いていました

本満寺(本願満足寺)(京都府)

妙見宮

本満寺(本願満足寺)(京都府)

本堂

本満寺(本願満足寺)(京都府)

内陣

本満寺(本願満足寺)(京都府)

山門

本満寺(本願満足寺)(京都府)

鐘楼

本満寺(本願満足寺)(京都府)

本堂

本満寺(本願満足寺)(京都府)

本堂の扁額

本満寺(本願満足寺)(京都府)

寺務所

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ちりん
ちりん
2021年03月23日(火) 23時45分15秒
76投稿

日蓮宗本山 本願満足寺

室町時代、応永17(1410)年に創建され、天文5(1536)年の宗派間の紛争(天文法難)により大阪堺へ避難。天文8(1539)年には現在の地に移建し、後奈良天皇の勅願寺となり大いに栄えました。
宝暦元(1751)年に8代将軍徳川吉宗の病気平癒祈願し、それが大きく効果があったとされ、
それ以来将軍家の祈願所になりさらに栄えたそうです。

樹齢90年におよぶしだれ桜
圧巻でした✨✨

本満寺(本願満足寺)の山門・神門

写真を撮っている人が見えて
しだれ桜はそこにあるんだと思ってもうワクワク💕

本満寺(本願満足寺)の自然

声をあげてしまいました
本当に綺麗✨

本満寺(本願満足寺)の自然

下から見上げたり

本満寺(本願満足寺)の自然
本満寺(本願満足寺)の自然

写真を撮るのをやめられないくらい

本満寺(本願満足寺)の自然
本満寺(本願満足寺)の自然

風に吹かれる桜も素敵でした🌸

本満寺(本願満足寺)の本殿・本堂

本堂

本満寺(本願満足寺)のその他建物

参道の景色も落ち着いた感じが好きです

本満寺(本願満足寺)の御朱印

桜の御朱印🌸

本満寺(本願満足寺)の自然

ソメイヨシノはちらほら咲き
こちらも満開になると綺麗だろうな

本満寺(本願満足寺)の自然
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