よしだじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方吉田神社のお参りの記録一覧
絞り込み

神仏霊場の御朱印を頂きに参りました。
前日の大雨の気配も無いような晴天に恵まれ、ゆるゆるとここへ向かいました。
大学生がうようとと歩いている間を縫って、ダラダラと参道を進み、静かな境内に入らせていただきました。
行こう行こうと考えながら40年(苦笑)
初めての参拝です。
結構思っていた以上に広い境内にウロウロ(笑)
特に吉田兼倶の屋敷のあった場所に建っている斎場所元宮は全国の神様を集めたという事で不思議な建て方をされています。(伊勢神道からは大反対があったようですが・・・)
吉田神社はかつて一世を風靡した吉田神道のおひざ元。
そりゃまぁ色々確執もあり、現在に至っております。
始祖の吉田兼倶は元卜部氏。「徒然草」の吉田兼好の子孫になります。
平安時代・藤原山蔭が奈良の春日大社から勧請してこの神社を建てたのでご祭神は春日大社と同じです。その後室町になって吉田兼倶が吉田神道をここで確立しました。それが明治まで続いたとの事です。
もっと読む
京都府京都市左京区吉田神楽岡町に鎮座する吉田神社。最寄りは京阪本線の出町柳駅で、そこから徒歩20分ほどの道のりです。鴨川の流れを横目に見ながら橋を渡り、京都大学のキャンパスをかすめて歩いていくと、やがて社叢に囲まれた神域へと辿り着きます。境内に一歩足を踏み入れると、周囲の都市的な喧騒がすっと遠のき、凛とした空気に包まれました。
御祭神は建御賀豆智命、伊波比主命、天之子八根命、比売神の四柱で、創建は平安時代の貞観元年(859年)と伝わります。室町時代には吉田兼倶によって体系づけられた「吉田神道」の中心として大きな役割を果たし、神道史を語る上で欠かすことのできない存在です。学問や文化の中心である京の町にあって、歴史的にも思想的にも重要な拠点であったことを思うと、足を踏み入れるだけで背筋が伸びるような心持ちになります。
境内は広々としており、開放感に満ちています。白く敷き詰められた玉砂利を歩くと、しゃりしゃりと澄んだ音が響き、日常の喧噪から切り離されるような感覚を覚えました。可能であれば広大な敷地を隅々まで巡り、数多くの境内社を丁寧に参拝したかったのですが、この日は時間に制約があり、本宮へ真っ直ぐ向かい、春日造の本殿の方向に向かって心を込めて一礼するのみとなりました。それでも、長き歴史を背負ってきた空気に触れることができただけで十分に意義深い参拝となりました。
社務所や境内の佇まいからも、節分祭をはじめとする大きな神事の際には、多くの参拝者で賑わう光景が目に浮かびます。今日は静けさが支配していましたが、その分、耳を澄ませば風に揺れる木々の音や玉砂利を踏む音が際立ち、かえって心に残るひとときとなりました。境内社への参拝は次の機会に譲り、再訪を心に誓います。
これから京都マラソンの沿道整備という任務が待っており、気持ちを切り替えて向かわなければなりません。救護系役割りも含まれるようなので、何事もなく大会が閉幕するよう祈るばかり。吉田神社で得た清々しい気持ちを胸に、その役目を果たしたいと思います。
もっと読む


節分祭の時の様子を。
節分祭は毎年2月2日〜4日に行われ、特に2日の追儺式と3日の火炉祭は有名ですね。火炉祭はお札を燃やしてかなり大量の灰を排出するので、その処理の問題で2015年・2016年はかなり規模を縮小して、七輪のような炉で御幣を燃やすだけになっていました。2017年は、市との折り合いがついたのか例年通りの方法に戻り、良かったなぁと。
この期間は普段毎月一日しか公開しない斎場所大元宮に特別参拝できます。露天もたくさん出ており、酒を飲みながら参拝できるのはこの日くらいでは笑
ところで、大元宮の東西にある横長の社殿には、それぞれの扉の前に旧国名で「〇〇國中〇〇神」と国ごとの神様の数が書いてあります。全部合わせて式内神3132座あるはずなのですが、全部足していくと3101。宮中36座や京中3座を考慮しても、微妙に数が合わないのが何故なんでしょうね...?




京都府のおすすめ🎌
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ





























