にのみや(なかとみじんじゃ)
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方100年後に神社お寺を残せる未来へ
京都府のおすすめ❄️
おすすめの投稿

折上稲荷神社南の道路を渡ってすぐにある小さな神社。山科二之宮であり、山科神社境外末社・御旅所でもある。境内地入り口には中臣遺跡の駒札があり、大規模集落の遺跡ともなっているが、現在はこちらの境内地と折上稲荷の境内(円墳)のみが残りあとは宅地開発で消滅しているそう。神社は小さな鳥居と小祠のみ。三之宮と比べると寂しい気もしますが中臣氏ゆかりの山階寺(真言宗山階派大本山)も廃寺になっていることを思えば残されているだけまだマシなのかもしれませんね😅お詣りしてまいりました。

中臣遺跡案内板

醍醐天皇歌碑

鳥居と社殿。社号標の「二之宮」が正式

由緒駒札

社殿
| 名称 | 二之宮(中臣神社) |
|---|---|
| 読み方 | にのみや(なかとみじんじゃ) |
| 通称 | 中臣宮、山科神社御旅所 |
| 参拝時間 | 境内自由 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | なし |
詳細情報
| ご祭神 | 《主》倉稲魂命,天児屋根命 |
|---|---|
| 創建時代 | 延喜3年(903年) |
| 創始者 | 醍醐天皇勅命 |
| ご由緒 | 山科盆地はは中臣鎌足で知られる中臣氏(後の藤原氏)本拠地として古くから開発され、大津京や平安京の隣接地としても歴史的に大きな影響を与えた地域とされ、この一帯には「中臣遺跡」と呼ばれる後期旧石器時代(約二万五千年前)から縄文・弥生・古墳・平安時代を経て、室町時代に及ぶ大規模な集落遺跡がある。
|
ホトカミのデータについて
ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。
ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ
























5
0