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かやおじんじゃ

萱尾神社
京都府 石田(京都市営)駅

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駐車場
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ありません

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さくら
さくら
2021年07月03日(土)1794投稿

伏見区日野と言う地域は調べれば調べるほど深いなぁと思いました。

住宅街を歩いて萱尾神社のある道に入ったとたん
変わるんです。空気が変わるとかではなく、時間が戻ったような感覚?すみません。説明できません。

萱尾神社は日野氏の氏神であり、江戸時代まで法界寺の鎮守社でした。祭られているのは大己貴命です。

奈良時代後期
 宝亀年間(770年~781年)の頃
 日野家の初代とされる藤原真夏は、勅使として宇治郡萱尾の山辺にさしかかった時、ある翁に「萱尾の翁としてあなたが来るのを千年も待っていた天押雲命(あめのおしぐものみこと)である」
「ここは仏法有縁の地である」「この地に住む心があるならば、自分の願いは足りる」と告げられ、
光仁天皇にその旨を報告したところ、この地を授かった

 藤原真夏は、この地に翁(萱尾明神)を祀る社殿を建立し、別行を営み、萱尾神社を創建する

 この山が奈良の春日野に似ている事から、地名を「春日野」と改めて
社殿の前に、「春日野」と記した標木を建てたが、ある日、一匹の鹿が現れ「春」の一字を食べ取り姿を消し、
それ以来、「日野」の2文字だけが残り、地名となった。
京都通百科事典丸写しですが
なるほど〜と思いました。

近くには、藤原北家一族の日野家の墓所
日野家廟所があります。

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歴史

 萱尾神社は、伏見区日野畑出町に所在し、法界寺の北東に位置する。祭神には大己貴命(おおなむじのみこと)を祀り、日野村の産土神として崇敬を集めた。現在、鎮守の森は地域の重要な景観要素ともなっている。江戸時代までは法界寺の鎮守社でもあったが、創建については、法界寺創建以前である斉明天皇元年(655)とする説もあるなど定かでない。
 現本殿は、棟札から慶安5年(1652)に再建されたものと考えられている。流造で一間社の規模だが、背面には間柱を建てて2間となっている。当初は檜皮葺であったが、昭和36年(1961)の改修により銅板葺に変更された。身舎柱は礎石上に建ち、柱上に舟肘木を置く。向拝を備え、連三斗(つれみつと)と中備蟇股(なかぞなえかえるまた)を用いている。内部は前後に内陣と外陣を区切るが、もとは1室だったと考えられる。正面には弊軸の付いた両開きの板唐戸、側面である南側面には両開き板唐戸を嵌める。外観に華やかな彩色が施されているのが特徴で、軸部は丹塗り、虹梁や蟇股などは極彩色、板壁・軒裏は胡粉塗としている。残された多数の棟札等から、建築後、度重なる修理によって木部や彩色が維持されてきたことが確認できる。近年では平成30年(2018)に修理が行われ、彩色が蘇った。同社の造営、修理には醍醐泉村の大工が当たったことが分かっており、社殿の意匠には醍醐寺清滝宮本殿(重要文化財)の影響があったものと推測される。本殿の左右には、柳社、田中社、若宮社、稲荷社の四社が建てられている。このうち柳社は瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、田中社は天穂日命(あめのほひのみこと)で、本社祭神の大己貴命すなわち大国主命(おおくにぬしのみこと)の国譲りに関係する神が祀られている。
 萱尾神社は、日野の鎮守として現在でも地域の崇敬を受け、境内の鎮守の森も地域にとって重要である。華やかな彩色を特徴とする近世前期の神社建築であり、資料から社殿の建設や維持に当たった近世期の日野地域の工人たちの活動を伺える点でも評価される。

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萱尾神社の情報

住所京都府京都市伏見区日野畑出町3
行き方

地下鉄石田駅から徒歩約17分
京阪バス 日野誕生院バス停から徒歩6分

萱尾神社の基本情報

名称萱尾神社
読み方かやおじんじゃ

詳細情報

ご祭神大己貴命(おおなむちのみこと、大国主命)
創建時代伝:655年
創始者伝:中臣(藤原)鎌足
ご由緒

 萱尾神社は、伏見区日野畑出町に所在し、法界寺の北東に位置する。祭神には大己貴命(おおなむじのみこと)を祀り、日野村の産土神として崇敬を集めた。現在、鎮守の森は地域の重要な景観要素ともなっている。江戸時代までは法界寺の鎮守社でもあったが、創建については、法界寺創建以前である斉明天皇元年(655)とする説もあるなど定かでない。
 現本殿は、棟札から慶安5年(1652)に再建されたものと考えられている。流造で一間社の規模だが、背面には間柱を建てて2間となっている。当初は檜皮葺であったが、昭和36年(1961)の改修により銅板葺に変更された。身舎柱は礎石上に建ち、柱上に舟肘木を置く。向拝を備え、連三斗(つれみつと)と中備蟇股(なかぞなえかえるまた)を用いている。内部は前後に内陣と外陣を区切るが、もとは1室だったと考えられる。正面には弊軸の付いた両開きの板唐戸、側面である南側面には両開き板唐戸を嵌める。外観に華やかな彩色が施されているのが特徴で、軸部は丹塗り、虹梁や蟇股などは極彩色、板壁・軒裏は胡粉塗としている。残された多数の棟札等から、建築後、度重なる修理によって木部や彩色が維持されてきたことが確認できる。近年では平成30年(2018)に修理が行われ、彩色が蘇った。同社の造営、修理には醍醐泉村の大工が当たったことが分かっており、社殿の意匠には醍醐寺清滝宮本殿(重要文化財)の影響があったものと推測される。本殿の左右には、柳社、田中社、若宮社、稲荷社の四社が建てられている。このうち柳社は瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、田中社は天穂日命(あめのほひのみこと)で、本社祭神の大己貴命すなわち大国主命(おおくにぬしのみこと)の国譲りに関係する神が祀られている。
 萱尾神社は、日野の鎮守として現在でも地域の崇敬を受け、境内の鎮守の森も地域にとって重要である。華やかな彩色を特徴とする近世前期の神社建築であり、資料から社殿の建設や維持に当たった近世期の日野地域の工人たちの活動を伺える点でも評価される。

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