せきほうじ|黄檗宗|百丈山
石峯寺のお参りの記録一覧
宝永年間(1704年~1711年)千呆(せんがい)和尚の創建と伝わる。
本堂裏に伊藤若冲が下絵を描いた五百羅漢の石造群がある。
1791年若冲は門前に草庵を設けて隠棲し、1800年に亡くなり当寺に葬られた。
境内に墓が残っている。
本堂
黄檗宗の寺院らしく、卍くずしの意匠がみられる
山門
山門
伊藤若冲の墓
本堂裏に至る門
京阪線 深草駅下車。黄檗山万福寺を本山とする黄檗宗寺院。
1700年代に建立された禅道場。元々は薬師如来でしたが、本堂の放火により消失。
釈迦如来を御本尊としています。
ここの裏山には、江戸時代の画家伊藤若冲の墓とモチーフした五百羅漢が
拝観できます。当時は千体近くあったそうですが、現在は400体程。
それぞれが個性あるお顔立ちで、何かを問いかけてくれている様に感じました。
今時期はさほどではありませんが、蚊などの虫が多い様なので、うちわをいただきあおいで拝観です。
ただ、五百羅漢は二度にわたる悪戯の関係で撮影、スケッチが禁止となっていました。
受付で「石峰寺」の写真集が販売されていました。心に留めておくのが良いのですが。
山門です。まるで竜宮城みたいな門です。
本堂です。昭和54年の放火で御本尊の薬師如来像が焼失して、昭和60年再建。
現在は、釈迦如来像が御本尊です。
この左手に受付があります。ポストカードはおすすめです。また、御朱印もこちらです。
受付で拝観料金を支払います。
本堂を右手に入り、上がっていくと若冲の五百羅漢に出会えます。
ここの右手に伊藤若冲の墓があります。
伊藤若冲はここを草庵にしたそうです。
五百羅漢は、それぞれ個性的な顔立ちです。また、釈迦如来の子供の頃の像が誕生仏として安置されています。
そして、下ったところに阿弥陀様も安置されていました。
写真、スケッチは厳禁ですが、目を閉じると思い浮かびます。
この写真は2004年の写真である事を最初に明記しておきます。
と言うのも知らなかったのですがwikiで
「2007年5月、石像の地蔵菩薩約30体が倒され、うち5体が損壊していた事件が起こる。
2012年、写真家を名乗る人が連れたグループが撮影会と称し、石像に帽子をかぶせたりロウソクを点けたりして柵内に入ったりしたため、石像保存の観点より現在はスケッチ・写真撮影が全面的に禁止されている」とあり、凄く驚いています。
心無い人にこんな酷いことをされていたなんて、悔しくてたまりません。
ここへ行った時本当にご親切にして頂き気持ちよく参拝させて頂いただけに悔しいです。
夏の夕刻近くに参拝しました。
「虫が多いので虫刺されのお薬をお貸ししますよ?」と言って下さり
「大丈夫です、ありがとうございます」と言って参拝しました。
ここにはゆるキャラ全開の顔をした若冲晩年の下絵を元に当時の住職様と一緒に作られた五百羅漢さんが裏庭に展開しています。
静かに長い間ここに居た羅漢様は色んなものを見てきたのだろうなぁって思います。
世界を魅了する若冲ですが、晩年こちらに居を構え、一枚の線画に米一合と交換してもらいながら暮らしていたとも聞きます。
若冲のお墓もこちらにあるそうです。この時は閉まる時間が迫っていたのでお参りは出来ませんでした。
それにしても・・・・、残念です・・・。
観光客の質はお寺側で選べませんものね・・・。
現在は撮影不可
現在は撮影不可
現在は撮影不可
現在は撮影不可
現在は撮影不可
現在は撮影不可
現在は撮影不可
京都府のおすすめ2選🍁
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ
12
0