みぶでら|律宗
壬生寺のお参りの記録一覧

壬生寺 洛陽三十三所観音霊場
壬生寺 洛陽三十三所観音霊場
壬生寺 洛陽三十三所観音霊場
壬生寺 洛陽三十三所観音霊場
壬生寺 洛陽三十三所観音霊場
壬生寺 洛陽三十三所観音霊場

2025年1回目の関西小旅行初日。
壬生開運招福三社寺巡りの3社目。
寺務所にて三社寺巡りの書置御朱印拝受。満願の証の御朱印とクリアホルダーをこちらでいただきました。
境内入った時より雪がかなり強くなり一気に境内が真っ白に。
手水舎
水掛地蔵堂
本堂
本堂 扁額
寺務所(朱印所)
寺務所(朱印所)
寺務所(朱印所)
弁天堂
三福川稲荷堂
夜啼き地蔵
一夜天神堂

念願のお寺!お地蔵さんのお寺さんで、新撰組ゆかりのお寺さんです!
とうとう参拝が出来ました^_^
宗派 律宗
ご本尊 延命地蔵菩薩
ご利益 厄除・開運
参拝作法→合掌しながら一礼して願いを念じ再度一礼
QR決済→不可
表門
御朱印 地蔵尊
御朱印 歯薬師
御朱印 辨財天(べんざいてん)
本堂
御朱印のご案内

宗派は律宗 寺格は大本山 ご本尊は地蔵菩薩(重要文化財) 創建年は正暦2年(991年) 開山は快賢です。
新選組で有名なお寺です。
近くには新選組の屯所があり 今でも観光できるようになっています。
壬生寺の境内は 新選組の兵法調練場に使われました。
その縁で境内には局長近藤勇の銅像や 新選組隊士の墓である壬生塚があります。
阿弥陀堂の地下には新選組の資料館があります。
お参りしたのは2回目です。
由緒については
園城寺(三井寺)の僧快賢が 正暦2年(991年)に 自身の母のために定朝作の地蔵菩薩像を本尊として五条坊門壬生(現・壬生寺の東方)の地に寺院を建立した。
寛弘2年(1005年)には堂供養が行われ この時小三井寺と名付けられたという。
承暦年間(1077年 - 1080年)に白河天皇の行幸があり この際に地蔵院の寺号を賜ったといわれる。
建暦3年(1213年) 当寺の信者であった平宗平によって現在地に移される。
しかし 正嘉元年(1257年)2月に火災によってすべての伽藍を焼失した。
正元元年(1259年) 平宗平の子である平政平と律宗の僧で融通念仏も行っていた円覚上人によって復興され 寺名を宝幢三昧寺とし 以来当寺は律宗の寺院となった。
また 次第に寺名は地名から壬生寺とも呼ばれるようになっていく。
江戸時代に入っても庶民からの信仰は厚く 塔頭も地蔵院(現・本坊)・中之坊(現・中院)・南之坊・竹之坊・西之坊・梅之坊・東之坊・安養院・寂静庵・西岸庵・宝蔵坊・福乗坊があった。
明治に入ると廃仏毀釈などの影響で塔頭は衰微し 中之坊(現・中院)しか残らなかった。
とありました。
東側に山門があります
ずいぶん大きいです
由緒書
入ってすぐ 一夜天神
撫で牛
三福川稲荷堂
由緒
夜啼き地蔵
幼児の夜泣き止めにご利益があるそうです
境内案内図
阿弥陀堂
資料館の入口にもなっています
薬師堂
ご本尊は歯薬師如来
弁財天
由緒
水かけ地蔵
由緒
石仏です
由緒
千体仏塔
鐘楼
本堂
扁額
寺務所
手水は龍でした
さりげなく庭がきれいです
三界万霊碑
由縁
大念仏堂
壬生狂言が行われます

京都市中央区にあります、
壬生寺に参拝しました。
律宗の総本山の寺院で、本尊は延命地蔵菩薩。
新撰組ゆかりの寺院で有名。
境内にあります、壬生塚には新撰組隊士の墓や
近藤勇の胸像と遺髪塚があります。
洛陽三十三所観音霊場巡りで訪れ参拝して、
御朱印と新撰組の御朱印を頂きました。
一夜天神
洛陽三十三所観音霊場 第二十八番札所の
中院
阿弥陀堂、中に新撰組グッズを扱う売店や
壬生塚の入口があります。
千体仏塔
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