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壬生寺のお参りの記録一覧
京都府 四条大宮駅

くるくるきよせん
くるくるきよせん
2025年12月01日(月) 20時01分25秒
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京都市中京区にあるお寺です。
壬生町まで来ているのに壬生寺をスルーするわけにはいきません。
しっかりお参りさせていただきます。
境内奥にはとても立派な本堂があります。
たまたまなのか分からないのですが 本堂の鐘の影がちょうどご本尊の顔の部分にかかり 離れていてもご尊顔を拝顔できました。
日光の角度がいい具合だったということですね。(ラッキー)
境内には本堂以外に 阿弥陀堂(壬生寺歴史資料室)・新選組の墓所・大念仏堂・水掛地蔵・弁財天社・稲荷堂・一夜天神堂・千体仏塔などがあり かなり充実しているので見て回るのに時間がかかります。
こちら壬生の町は幕末の志士・新選組の駐屯地だった場所で 壬生寺は 新選組隊士たちの訓練場として使われていました。
境内にある壬生塚には 新選組やその遺族らによって建てられた墓碑4基があります。
新選組が好きな方には聖地でしょうね。
といっても もともとお寺に駐屯地を設けたわけで お寺としても歴史があります。

ネット情報です。
宗派は律宗 寺格は大本山 ご本尊は地蔵菩薩(重要文化財) 創建年は正暦2年(991年) 開山は快賢 札所等は洛陽三十三所観音霊場第28番(中院)・京都十二薬師霊場第4番・洛陽天満宮二十五社順拝第4番(一夜天満宮)です。
園城寺(三井寺)の僧快賢が 正暦2年(991年)に自身の母のために定朝作の地蔵菩薩像を本尊として五条坊門壬生(現・壬生寺の東方)の地に寺院を建立した。
寛弘2年(1005年)には堂供養が行われ この時小三井寺と名付けられたという。
承暦年間(1077年 - 1080年)に白河天皇の行幸があり この際に地蔵院の寺号を賜ったといわれる。
建暦3年(1213年) 当寺の信者であった平宗平によって現在地に移される。
しかし 正嘉元年(1257年)2月に火災によってすべての伽藍を焼失した。
正元元年(1259年) 平宗平の子である平政平と律宗の僧で融通念仏も行っていた円覚上人によって復興され 寺名を宝幢三昧寺とし 以来当寺は律宗の寺院となった。
また 次第に寺名は地名から壬生寺とも呼ばれるようになっていく。

壬生寺(京都府)

南側の山門

壬生寺(京都府)

本堂

壬生寺(京都府)

たまたまなのか・・・

壬生寺(京都府)

御本尊の顔の部分に 鐘の影がきて拝顔できました

壬生寺(京都府)

鐘楼

壬生寺(京都府)

手水舎

壬生寺(京都府)

水掛地蔵

壬生寺(京都府)

お上品に掛けましょう

壬生寺(京都府)

由縁

壬生寺(京都府)

境内社 弁天社

壬生寺(京都府)

阿弥陀堂 歴史資料室になっています

壬生寺(京都府)

境内案内図

壬生寺(京都府)

境内社 三福川稲荷社

壬生寺(京都府)
壬生寺(京都府)

境内社 一夜天神

壬生寺(京都府)

内陣

壬生寺(京都府)
壬生寺(京都府)

東側の山門

壬生寺(京都府)

いやぁ この言葉 沁みます

壬生寺(京都府)

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