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楽しみ方壬生寺のお参りの記録一覧
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京都市中京区にあるお寺です。
壬生町まで来ているのに壬生寺をスルーするわけにはいきません。
しっかりお参りさせていただきます。
境内奥にはとても立派な本堂があります。
たまたまなのか分からないのですが 本堂の鐘の影がちょうどご本尊の顔の部分にかかり 離れていてもご尊顔を拝顔できました。
日光の角度がいい具合だったということですね。(ラッキー)
境内には本堂以外に 阿弥陀堂(壬生寺歴史資料室)・新選組の墓所・大念仏堂・水掛地蔵・弁財天社・稲荷堂・一夜天神堂・千体仏塔などがあり かなり充実しているので見て回るのに時間がかかります。
こちら壬生の町は幕末の志士・新選組の駐屯地だった場所で 壬生寺は 新選組隊士たちの訓練場として使われていました。
境内にある壬生塚には 新選組やその遺族らによって建てられた墓碑4基があります。
新選組が好きな方には聖地でしょうね。
といっても もともとお寺に駐屯地を設けたわけで お寺としても歴史があります。
ネット情報です。
宗派は律宗 寺格は大本山 ご本尊は地蔵菩薩(重要文化財) 創建年は正暦2年(991年) 開山は快賢 札所等は洛陽三十三所観音霊場第28番(中院)・京都十二薬師霊場第4番・洛陽天満宮二十五社順拝第4番(一夜天満宮)です。
園城寺(三井寺)の僧快賢が 正暦2年(991年)に自身の母のために定朝作の地蔵菩薩像を本尊として五条坊門壬生(現・壬生寺の東方)の地に寺院を建立した。
寛弘2年(1005年)には堂供養が行われ この時小三井寺と名付けられたという。
承暦年間(1077年 - 1080年)に白河天皇の行幸があり この際に地蔵院の寺号を賜ったといわれる。
建暦3年(1213年) 当寺の信者であった平宗平によって現在地に移される。
しかし 正嘉元年(1257年)2月に火災によってすべての伽藍を焼失した。
正元元年(1259年) 平宗平の子である平政平と律宗の僧で融通念仏も行っていた円覚上人によって復興され 寺名を宝幢三昧寺とし 以来当寺は律宗の寺院となった。
また 次第に寺名は地名から壬生寺とも呼ばれるようになっていく。


新撰組に想いを馳せながら壬生寺を参拝🪷⟡.·*.
境内は静かで落ち着いた雰囲気に包まれていて、歩くだけで心が穏やかになりました😌💭
新撰組ゆかりのお墓や慰霊塔を前にすると、幕末を駆け抜けた隊士たちのことが自然と胸に浮かび、手を合わせると不思議としんとした気持ちになります。
壬生寺の隣には新撰組屯所跡地もあってセットでの観光がオススメ🎶歴史を肌で感じて満喫できる素敵な場所です🙏🏻✨
【御本尊】
- 延命地蔵菩薩
【由緒】
創建は正暦2年(991年)。地蔵信仰の霊場として厚く信仰を集めてきました。
幕末には新撰組が壬生の地に屯所を構え、境内で剣術や訓練を行ったと伝わります。
また、壬生狂言(重要無形民俗文化財)でも知られ、毎年春と秋に演じられる仏教説話の無言劇として多くの参拝者に親しまれています。
【御朱印の配布場所と時間】
寺務所にて、8:30〜16:30頃まで
【御朱印の種類と料金(初穂料)】
- 通常御朱印:初穂料 300円
- 季節や行事にあわせた限定御朱印あり


律宗・壬生寺は正暦2年(991)、園城寺(三井寺)の快賢僧都によって創建されました。宗派は、南都六宗の一つである律宗に属し、本尊は延命地蔵菩薩(重要文化財)でしたが、昭和37年(1962)に本堂を全焼し本尊地蔵菩薩像を含む多数の寺宝を失いました。その後、新しい本尊延命地蔵菩薩立像(重要文化財)が、律宗・総本山唐招提寺から移されて、昭和45年(1970)に本堂の落慶法要が行われ、現在の本尊となっています。 〜公式サイトより抜粋〜
朝8時に到着し、早すぎて残念ながら、楽しみにしていた壬生塚エリアを見ることができませんでした。御朱印は8時30分まで待って頂きました🙏近くに幼稚園があり、朝から賑やかでした😀
御朱印を全種類お願いしたので、ご住職様はビックリされていました。朝早くから申し訳ございませんでした🙏


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