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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※行願寺(革堂)ではいただけません

ぎょうがんじ(こうどう)|天台宗霊麀山

行願寺(革堂)

京都府 神宮丸太町駅

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075-211-2770

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
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限定
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なし
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行願寺(革堂)について

幽霊絵馬


その昔、革堂に遊びに来ていた子守娘が天台宗の御詠歌を子供に教えているのを見た法華信者が、娘を殺し土中に埋めた。娘の両親は革堂の千手観音に願をかけ、娘の死の真相を知る。両親は絵馬に若い女性の幽霊を描き奉納したという。これが「幽霊絵馬」である。

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惣一郎
2022年01月06日(木)
969投稿

行願寺(ぎょうがんじ)は京都府京都市中京区寺町通竹屋町上ル行願寺門前町にある天台宗の寺院。山号は霊麀山(れいゆうざん)。通称は「革堂(こうどう)」。本尊は千手観音菩薩。西国三十三所観音霊場第19番。なお、西国三十三所では唯一の尼寺となっている。

平安時代後期の1004年に行円上人により一乗小川(上京区)に創建された。上人は子を孕んだ母鹿を射止めてしまったことを悔やみ、常にその皮を纏って鹿を憐れんだことから「皮聖(かわのひじり)」と呼ばれ、当寺も「革堂(こうどう)」と呼ばれるようになったとのこと。以後、民衆からの篤い信仰を受け、町堂として大いに栄えたが、度々の災禍により寺地を転々とし、江戸時代中期1708年の大火の後、
当地に移された。現在の本堂は1815年に建立されている。

当寺は、京都市営地下鉄烏丸線・丸太町駅の東方、道のり800mほどの市街地、京都御苑の東南端近くにある。寺町通りの商店街の一角のような外観で、境内自体は広くはなくコンパクトサイズ。敷地には建物がぎっしり建っている感じ。本堂はそれなりのサイズがあり、200年の歴史を感じる風格のあるもの。まさに京都の街中にあって、庶民の信仰に支え続けられてきた感じがする。

今回は、西国三十三カ所観音霊場の札所ということで参拝することに。参拝時は平日の午前中、自分以外にも数人参拝者が訪れていた。

行願寺(革堂)(京都府)

境内西端入口にある<山門>と<寺号標>。
西から来た竹屋町通りは当寺に突き当たってから南に向かう。(変な場所に信号がある理由の解説デス...(^_^;))

行願寺(革堂)の山門

山門をくぐろうとすると、突き当りに<本堂>が見える。

行願寺(革堂)の建物その他

山門をくぐってすぐ左側には<延命地蔵菩薩>と<天道大日如来>の社がある。その右奥が<水屋>。

行願寺(革堂)の本殿

<本堂>全景。江戸時代後期の1815年の再建。

行願寺(革堂)(京都府)

<本堂>正面。ごちゃごちゃとして年季の入ったところが、歴史ある西国三十三観音霊場の札所らしくて良い!(o^―^o)

行願寺(革堂)の末社

本堂への階段右脇にひっそりと建っている<寺守社>。

行願寺(革堂)の建物その他

なんだか由緒がありそうな石碑。

行願寺(革堂)の建物その他

水屋の右隣に建つ<愛染堂>。

行願寺(革堂)(京都府)

愛染堂の右隣に建つ<寿老人神堂>。当寺最古の安土桃山時代の建立。

行願寺(革堂)の建物その他

本堂前から左方向を見て、突き当りに建つ<鎮宅霊符神堂>。鎮宅霊符神(北辰妙見菩薩)を祀る。

行願寺(革堂)の建物その他

鎮宅霊符神堂の左隣に建つ<鐘楼>。1804年の再建。

行願寺(革堂)の建物その他

金堂の左手に立つ小祠群と石碑群。

行願寺(革堂)の像

こちらは<七福神像>。

行願寺(革堂)の本殿

最後にもう一度戻って<本堂>正面。この雰囲気は自分は好き!(^▽^)/

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nomuten
2021年07月21日(水)
456投稿

関西の寺院巡りの5寺目は、京都市中京区に在る霊麀山 行願寺、通称は革堂(こうどう)です。今回の寺院巡りの最後となります。
西国三十三所観音霊場 第19番札所。天台宗で、本尊は千手観音。

古い書物等によると、1004年に行円上人により一条小川(上京区)の地に創建。身籠った母鹿を射止めてしまった事を悔いた行円上人が、常にその母鹿の皮を身にまとって憐れみ、人々から皮聖と呼ばれていた事からこの寺を「革堂」と呼ぶようになったとの事です。因みに、山号の「麀」の字は雌鹿の事です。その後の度重なる火災により移転を繰返し、1708年の大火の後に現在地に移りました。
また、宝物館には幽霊絵馬が展示されているそうです。(私は見たことがありませんが。)

街中の民家が多い所に在るため山門(入口)だけ見るとこぢんまりした感じですが、本堂の手前まで行くと左右に長い事がわかります。本堂右側は会館、左側には庫裡や諸堂があり、最奥に鐘楼があります。
本尊に手を合わせてから、下陣左横の納経所にて御朱印を戴き、帰路に着きました。
尚、駐車場はありませんので近くのコインパーキングに停める必要があります。

行願寺(革堂)の御朱印

御朱印(洛陽三十三所観音霊場)

行願寺(革堂)の建物その他行願寺(革堂)の山門行願寺(革堂)の山門

山門

行願寺(革堂)(京都府)行願寺(革堂)の手水

手水

行願寺(革堂)(京都府)

本堂

行願寺(革堂)(京都府)行願寺(革堂)(京都府)

庫裡

行願寺(革堂)の建物その他

七福神寿老神堂

行願寺(革堂)の建物その他

愛染堂

行願寺(革堂)の建物その他

鎮宅霊符神堂

行願寺(革堂)の建物その他

鐘楼

行願寺(革堂)の地蔵

百体地蔵尊

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歴史

出家前の行円は猟師であったが、射止めた牝鹿の腹の中にいた子鹿が生きているのを見て改心し、仏門に入ったと言い伝えられている。
行円が比叡山の横川で修行したとされており、皮聖と呼ばれていたようであるが、これは自分が射止めた牝鹿の皮に経文を書き、それを寒暑に関係なく身につけていたことに由来しているといわれている。
行円が寛弘元年(1004年)に一乗小川に堂を建てたのが行願寺の創始と伝えられているが、行願寺という正式名称よりも革堂とという名称の方が一般にはよく知られているのも、行円が鹿皮を身につけていたことによるといわれている。

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行願寺(革堂)の基本情報

住所京都府京都市中京区行願寺門前町17
行き方

京阪電車 神宮丸太町駅下車徒歩10分
京都市営地下鉄 京都市役所前駅下車徒歩約15分

アクセスを詳しく見る
名称行願寺(革堂)
読み方ぎょうがんじ(こうどう)
参拝時間

8:00~16:30

参拝料

なし

御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号075-211-2770
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttps://kaudau.jp/

詳細情報

ご本尊千手観世音菩薩
山号霊麀山
宗旨・宗派天台宗
創建時代寛弘元年(1004年)
開山・開基行円
札所など

西国三十三所第19番
洛陽三十三所観音霊場第4番
神仏霊場巡拝の道第114番(京都第34番)
都七福神巡り 寿老人

文化財

本堂・鐘楼(市指定文化財)

ご由緒

出家前の行円は猟師であったが、射止めた牝鹿の腹の中にいた子鹿が生きているのを見て改心し、仏門に入ったと言い伝えられている。
行円が比叡山の横川で修行したとされており、皮聖と呼ばれていたようであるが、これは自分が射止めた牝鹿の皮に経文を書き、それを寒暑に関係なく身につけていたことに由来しているといわれている。
行円が寛弘元年(1004年)に一乗小川に堂を建てたのが行願寺の創始と伝えられているが、行願寺という正式名称よりも革堂とという名称の方が一般にはよく知られているのも、行円が鹿皮を身につけていたことによるといわれている。

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