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しゅんこうぜんいん(しゅんこういん)|臨済宗建仁寺派高台寺塔頭

春光禅院(春光院)
京都府 祇園四条駅

参拝時間
通常非公開。数珠巡礼の数珠玉さげ渡しは常時。
パーキング
駐車場
-
御朱印について御朱印
-
ありません

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2026年08月20日(木)3977投稿

春光院は京都市東山区にあるお寺です。
いやぁ東山区にはよおけありますなぁ。
今までかなり巡っていますが まだまだあります。
ぐるっと大回りして 再びねねの道に来ました。
円山公園とは反対側です。
こちら春光院さんの前は何度も通ったことがあったのですが ホトカミマップで見るまでお寺だと認識していなかったんです。
いつも門の前に露天商が店を広げていて 近づくと声をかけられるからです。
この日はわざと 「へぇこれもお寺なんや」と大きな声を出しながら近寄りました。
残念ながら山門に柵があり 中に入ることはできませんでした。
ですので門前で合掌しました。
山門の写真を撮ろうとしたのですが どうしても露天商が映り込んでしまいますよね。
この時は気を利かせてくださって 和傘に隠れてくださったんです。
写真を見ていただいたら分かりますよ。
優しいおじさんでした。
門前には路傍の触れ仏として摩利支天が置かれていました。
ちゃんとイノシシに乗っていました。
勝負運は欲しいですから しっかりなでてきました。

ネット情報です。
高台寺境内の南西 ねねの道に面して塔頭・春光院がある。
春光禅院とも称される。
臨済宗建仁寺派。  
東山福めぐりの一つ。
御朱印が授与される。
江戸時代 1627年 武将・木下勝俊が 亡き娘・春光院万花紹三(しゅんこういんばんかじょうさん)を弔うために創建したという。
1855年 僧・月照は大徳寺小倉庵より春光院に移る。
勤王の西郷隆盛 村岡局(津崎矩子) 武士・有村俊斎(海江田信義)らと密議を重ねた。
1856年 春光院の改築に伴い 月照は長楽寺に移る。
1904年 現在の堂宇が再建された。
南庭は 北山安夫により作庭された。
散り山茶花 紅葉の庭がある。

高台寺の塔頭寺院だったのは知りませんでした。
これだけ近い場所にあるので納得です。
月照和尚が西郷隆盛と密議したことは有名ですが このお寺だったとは知りませんでした。

春光禅院(春光院)(京都府)

山門には柵がありました 露天商が店を広げていて写真が撮りづらかった

春光禅院(春光院)(京都府)

寺号標 ぎりぎり読めますね

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春光禅院(春光院)の情報

住所京都府京都市東山区下河原町531
行き方

市バス206系統「東山安井」下車徒歩5分

春光禅院(春光院)の基本情報

名称春光禅院(春光院)
読み方しゅんこうぜんいん(しゅんこういん)
通称高台寺春光院
参拝時間

通常非公開。数珠巡礼の数珠玉さげ渡しは常時。

電話番号075-561-8424

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

巡礼の詳細情報

数珠巡礼

第10番

詳細情報

ご本尊釈迦如来
院号春光院
宗旨・宗派臨済宗建仁寺派高台寺塔頭
創建時代1627年
開山・開基木下勝俊
ご由緒

春光院は、1627年に北政所の甥である木下勝俊が娘、春光院万花紹三の菩提を弔うために建立しました。勝俊は武将でありましたが、和歌の才能も豊かで、関ヶ原の合戦後は高台寺の南隣に挙白堂という庵を建て、長嘯子(ちょうしょうし)と号し、後水尾天皇が勅撰したとも言われている集外三十六歌仙に名を連ねました。
幕末になると、大徳寺小倉庵から移ってきた月照が住職になります。月照は尊王攘夷派の僧侶であり、この寺院で西郷隆盛や有村俊斎らと討幕の密議をかわしていました。

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