ごじょうてんしんぐう
五條天神宮京都府 五条(京都市営)駅
社務所:9:00〜17:00(開所は不定期)
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楽しみ方
虫の知らせか神のお導きか・・・近くに来たので寄り道でお詣りしようとしたら社務所が開いてる😍急ぎ社務所へ向かい御朱印をお願いし、その間に本殿と末社をお詣りしました🤗天神宮ですが天神さん(菅原道真公)メインではないのですが北白川天神と同じく少彦名命が祀られています。蛤御門の変で焼失しており境内は立地上縮小を余儀なくされておりますが本殿後ろに摂末社もきちんとそろっており、また本堂前には「醫祖神之碣」の石碑があり、薬の祖である少彦名命を称えた銘文とのこと。近年倒壊したが、同じ内容の碑文が大阪の少彦名神社にあり(五條天神社の方が原碑とのこと)、再現されたとのこと。ちなみに原碑は明和6年(1769)の建立とのことで今年の大河ドラマとほぼ同時期なので医療の神様がいかに重要視されていたかがうかがえますね😊
ちなみに社務所の開所は不定期ですが日月曜はだいたい開けているとのこと。また月末の午後と1日の午前も居られるそうです。確実なのは祭日(例祭、氏子祭、節分)とのことでしたので御朱印希望の方はご参考に😅
北側鳥居
阿
吽
拝殿
扁額
醫祖神之碣
筑紫天満宮
撫で牛
四社殿。福部、金刀比良、大国主、白太夫
稲荷さん
猿田彦さんと弁財天
燈籠
手水舎
境内
由緒駒札
祭事等
東鳥居

京都市下京区にある神社です。
五条通りからわき道を北に上がったところにあります。
町中の神社さんにしては広いかなぁぐらいに思っていたのですが いやいや すごい歴史のある神社さんでした。
主祭神は少彦名命(すくなびこなのみこと) 配祀神は大巳貴命(おおなむぢのみこと)、天照皇大神(あまてらすおおみかみ)です。
来年の干支 「辰」の開運招福の置物がありましたので拝受しました。
結構な金額のものでも 「お代はお賽銭箱に」 とあり 信仰心のある日本人だからこそだなぁと思いました。
由緒については
社伝によれば 延暦13年(794年)に桓武天皇の平安京遷都の折 天皇の命により大和国宇陀郡から空海が天つ神(あまつかみ)を勧請したのが当社の創建であるという。
洛中最古の社である。
当初は「天使の宮」「天使社」と称した。
天皇のご病気や疫病流行の折には 病気退散のため社前に靭(ゆき)を掲げて祈願し 室町時代以降は疫神 医道の祖神とされた。
また最澄と空海は唐への出発前 当社において無事帰国を祈願している。
後鳥羽上皇の時代に「五條天神宮」へ改称された。
社号の五條は 当社北側にある松原通がかつて五条通と呼ばれていたことに由来する。
とありました。
石鳥居 なかなか大きいです
由緒書
拝殿・本殿
開運招福 干支の置物
本殿
社伝によれば、延暦13年(794)、桓武天皇の平安遷都に当たり、大和国宇陀郡から天神を勧請したのが当社の始まりといわれる。当初は「天使の宮」(天使社)と称したが、後鳥羽天皇の時代に「五條天神宮」と改めた。
創社の頃は社域も広く、社殿も高荘であったが、中世以来度々火災に遭い、元治元年(1864)の蛤御門の変で社殿は焼失した。現在の社殿は近時の再建である。
当社は古来、医薬・禁厭(まじない)の神として広く崇敬され、今なお節分には、厄除け祈願のために参詣する人が多い。
例祭は、毎年五月十日に行われる。
| 名称 | 五條天神宮 |
|---|---|
| 読み方 | ごじょうてんしんぐう |
| 通称 | 天使の宮、天使社 |
| 参拝時間 | 社務所:9:00〜17:00(開所は不定期) |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | なし |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 075-351-7021 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| SNS |
| ご祭神 | 《主》少彦名命,《配》大己貴命,天照皇大神 |
|---|---|
| 創建時代 | 延暦13年(794) |
| ご由緒 | 社伝によれば、延暦13年(794)、桓武天皇の平安遷都に当たり、大和国宇陀郡から天神を勧請したのが当社の始まりといわれる。当初は「天使の宮」(天使社)と称したが、後鳥羽天皇の時代に「五條天神宮」と改めた。
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| 体験 | 御朱印お守り |
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