まつのおでら|真言宗醍醐派
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楽しみ方松尾寺のお参りの記録一覧
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六所神社(松尾寺境内社)
京都府舞鶴市にある神社です。松尾寺の境内社です。
けっこう立派な社殿ですので おそらく勧請した鎮守社だと思います。
拝所の扉の彫刻が見事です。
内陣を見られなかったのは残念でした。
本殿のすぐ横には 名前知らないんですけど 薄紫色の花が咲き誇っていました。
灯篭に苔がついているのですが これがうすごく歴史を感じます。
六所神社という社名は 六柱の神を祭神とすることからつけられることが多いようです。
創建当初から六柱を祭神としていた場合 都合により六つの神社を合祀した場合などだそうですが こちらの六所神社さんは どちらなのでしょうか。

京都府舞鶴市にあるお寺です。西国三十三か所巡りでお参りしました。
宮津市も舞鶴市も 名所は混雑していたのですが さすがにこちらは静かでした。
途中 工事のために車線規制があったり それなりに細い山道を通ったり 少し冷や冷やしました。
地図で見たら ほとんど福井県との県境でした。
駐車場に車を停めて 仁王門へ。
あれ?仁王様が不在です。
さらに階段を上がると ようやく本堂のある境内へ。
残念ながら 本堂は修理中で 外観を見ることができませんでした。
仮本堂で仏様に手を合わせました。
山門の横に納経所がありますが そちらのお庭もきれいでした。
山号は青葉山(あおばさん) 宗旨宗派は真言宗醍醐派 ご本尊は馬頭観音菩薩(秘仏) 創建年は(伝)・和銅元年(708年) 開山は(伝)・威光です。
由緒については
唐から渡来した威光上人が 和銅元年(708年)双耳峰の青葉山を見て 唐の霊験ある馬耳山を起想し登山すると 大樹の下に馬頭観音を感得し ここに草庵を結び馬頭観音像を安置したのが創始とされている。
元永2年(1119年)には鳥羽天皇が行幸 寺領4千石を給い 寺坊は65を数えて繁栄した。
その後 度重なる火災にあったが その都度 細川幽斎や京極家によって復興される。
現代の本堂は牧野英成により享保15年(1730年)に修築されたものである。
とありました。





馬頭観音さん 馬の守護神であり、六観音の中で唯一「憤怒の相」をしておられます。つまり、怒った表情をされている。
これは、馬が草を食べるように、人々の煩悩を食い尽くし災難を取り除いてくださるための表情だそうです。
あらためて考えるに、"馬"は、私たちの生活にとって身近な生き物でした。田畑を耕したり荷物の運搬をしたり。
馬頭観音さんのご真言
おん あみりとう どはんば うん ぱった
そわか
西国三十三所の中で、馬頭観音さんが御本尊なのは、松尾寺さんだけなので、お唱えするのに苦戦しています。🤭
西国三十三所観音霊場 第29番札所
宗派:真言宗醍醐派
御本尊:馬頭観世音菩薩
創建:708年(和同元年)

松尾寺(まつのおでら)さん。
西国三十三所観音霊場 第29番札所
宗派:真言宗醍醐派
御本尊:馬頭観世音菩薩
創建:伝708年(和銅元年)
中国から渡来した威光上人が、青葉山の山中で、馬頭観音を感得し、708年に草庵を結び、馬頭観音像を安置したのが始まりだそうです。
1578年、織田信長の丹後攻めの際、堂塔はことごとく消失したとのこと。また、その後も度重なる火災にみまわれましたが、細川幽斎や京極家によって復興されました。
1730年、現在の本堂は、牧野英成によって修築されました。
ご本堂。独特な屋根。印象深いです。ただ現在、工事の幕が張られ、御本尊は隣のお堂に移っておられます。そのため、かなりお近くでお会いすることができます。🤭
🌹御詠歌
そのかみは
いく世経ぬらん
便りおば
千歳もここに
まつのをのてら
西国三十三所観音霊場の御詠歌は、花山法皇が各お寺をまわった際によまれたものです。🙏
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