よしみねでら|天台宗系単立|西山
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楽しみ方善峯寺のお参りの記録一覧
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京都市西京区にあるお寺です。
山号は西山
宗旨宗派は天台宗系単立善峰観音宗
寺格は本山
ご本尊は十一面千手観世音菩薩 2躯
です。
1029年源信の弟子にあたる源算が自作の千手観音像を本尊として創建したと伝わっています。
1042年後朱雀天皇の命で洛東鷲尾寺にあった仁弘法師作の千手観音像を当寺に遷して新たな本尊としています。
また 白河天皇より本堂・阿弥陀堂・薬師堂・地蔵堂・三重塔・鐘楼・二王門・鎮守七社の堂社を寄進されています。
1192年には慈円が住したこともあり 後鳥羽天皇直筆の寺額を賜ったことによって寺号が善峯寺と改められました。
このことから 青蓮院から多くの法親王が入山したため「西山門跡」と呼ばれ 室町時代には僧坊の数は52を数えていたようです。
しかし 応仁の乱に巻き込まれて伽藍の大半が焼失してしまいました。
江戸時代になってから江戸幕府第5代将軍徳川綱吉の生母・桂昌院が大檀那となって 現存する観音堂・鐘楼・護摩堂・薬師堂・経堂・鎮守社などが再建されて復興を遂げたそうです。
西京区大原野の山の上にあるお寺です。
仁王門までは車で行けますし 駐車場もあります。
でも安心はできません。境内のアップダウンがきついです。
見どころは満載で どの建物も立派です。
「日本一の松」があると聞いて よほど背丈の高い松だろうと思ったら 横に伸びる這松のような状態でした。
奥の院まで巡ると 小一時間かかります。
さながらハイキングで 筋肉痛がお土産です。


西国三十三所観音霊場 第20番札所
宗派:天台宗単立寺院
御本尊:千手観世音菩薩
創建:1029年(長元2年)
開山:源算上人
源算上人。(983年〜1099年)
平安後期の天台宗の僧侶。少年の頃、比叡山で受戒。壮年になって還俗。娘さんの死により47歳で再び出家。京都西山の善峯を開き善峯法華院を建立。人が訪れるようになり、更に奥に隠遁。それが今の三鈷寺(さんこじ)さんになったそうです。ちなみに、「三鈷」とは、密教でつかう法具です。
釈迦堂に、源算上人作といわれる石佛が。かなり近くで拝むことができます。有難いです。
室町時代には僧坊52。応仁の乱で、その大半が消失。
江戸時代徳川五代将軍綱吉の生母、桂昌院を大檀那として、鐘楼、観音堂、護摩堂、鎮守社、薬師堂、経堂が復興されたそうです。
遊龍の松が有名です。
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お天気が良く絶好のお参り日和のこの日、善峯寺さんへ初めて伺いました。
山の上だけあって空気が冷んやりしています。
所々雪が残っているので、結構積もったのかもしれませんね。
まず、渋いカラーで大変立派な山門がお出迎えしてくれます。ものすごく好きなタイプ。カッコいい。
そのまままっすぐ進み、階段を上がると御本堂(観音堂)が。そんなに大きくはありませんが、歴史を感じさせてくれる建物ですね。
しっかりお参りさせていただき、いつものように境内をウロウロ。護摩堂、日本一の松など見所がたくさんありました。
山の上にあるということもあり、景色もよく遠くまで見渡せます。花の寺だそうで、桜や紅葉の季節は素晴らしいとのこと。是非見てみたいものです。
遠いのでなかなか足を運べませんが、機会があれば再訪したいです。




山道をグングン進んで、
元 松方弘樹の家の前を通り、
他府県ナンバーの車も
沢山すれ違い
到着したら、凄い車の数!
(こちらは、
ガレージ代 拝観料いります。)
※※※※※※※※※※
私 実家が
この辺なんですけど、
まさか身近に、
こんな よいお寺があるなんて
思いもしなかった!
見所 沢山!
階段を選んで歩きましたが、
坂道から行く道もあったので、
違う風景も
見れたかもしれませんね🤗
(見逃しもあるかもです。)
4時前にお寺を出ましたが、
遅がけにも関わらず
車がじゃんじゃん
お寺の方を向いて走って行きましたよ。
🚗🚕🚙🏎🚐🚘🚖💨
※※※※※※※※※※
阪神大震災の
道路にはみ出た
落ちなかったバス覚えてますか?
その運転手さん
善峯寺のお守りを持っていたみたいで
こちらのお守りは、
【落ちないお守り】として
受験生から人気となっているそうです!
(ワイドショーで見ましたw)
京都府のおすすめ🎌
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