ほうおんじ|律宗|雄徳山
法園寺京都府 石清水八幡宮駅
通常非公開
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楽しみ方

法園寺は京都府八幡市にあるお寺です。
男山近くに戻ってきました。
お隣がゴルフ場になっていて 少し景観がよろしくないですが しっかりお寺です。
街道沿いに山門がありますが閉じられていました。
しかし すぐ横に境内に入る道があり そちらからお邪魔しました。
境内には本堂しかありませんでした。
本堂の奥に民家のような建物がありましたので そちらが庫裡かもしれません。
本堂の周りには柵があり 中に入ることはできませんでしたが 本堂前で合掌できました。
ネット情報です。
法園寺(ほうおんじ)は 京都府八幡市の石清水八幡宮近辺にある律宗寺院。
石清水別当を世襲した田中家の菩提寺。
本尊は釈迦如来。
唐招提寺末で 善法寺 金剛寺 大乗院 寿徳院と共に石清水五律家の一つ。
石清水八幡宮関連旧跡・唐招提寺関連旧跡。
園寺(そのでら)・法薗寺ともいう。
山号は雄徳山。
石清水別当28世の田中勝清の邸宅「園殿」(そのどの)が起源。
慶清 道清と代々受け継がれ 1217年(建保5年)11月28日 別当34世の田中宗清が勝清・慶清・道清の墓所の傍らに仏堂を建て 阿弥陀・観音・勢至を祀った。
のち1264年(文永1年) 別当39世の田中行清が伽藍を整備し 鎮守七社を祀った。
そして唐招提寺中興覚盛門下で 東大寺大勧進11世の聖守を招聘して開山(中興開山)とした。
聖守は法園寺に葬られたという。
南北朝の戦いで1338年(延元3年/暦応1年)焼失。
『太平記』にも戦場となったことが描かれている。
この後の再建の時に現在の本尊が造立されたらしい。
文禄年間 地震で被災。
江戸時代 朱印地90石を領した。
1934年(昭和9年)9月 台風で大破。

法園寺(ほうおんじ)は、京都府八幡市の石清水八幡宮近辺にある律宗寺院。石清水別当を世襲した田中家の菩提寺。本尊は釈迦如来。唐招提寺末で、善法寺、金剛寺、大乗院、寿徳院と共に石清水五律家の一つ。石清水八幡宮関連旧跡・唐招提寺関連旧跡。園寺(そのでら)・法薗寺ともいう。山号は雄徳山。
石清水別当28世の田中勝清の邸宅「園殿」(そのどの)が起源。慶清、道清と代々受け継がれ、1217年(建保5年)11月28日、別当34世の田中宗清が勝清・慶清・道清の墓所の傍らに仏堂を建て、阿弥陀・観音・勢至を祀った。のち1264年(文永1年)、別当39世の田中行清が伽藍を整備し、鎮守七社を祀った。そして唐招提寺中興覚盛門下で、東大寺大勧進11世の聖守を招聘して開山(中興開山)とした。聖守は法園寺に葬られたという。
南北朝の戦いで1338年(延元3年/暦応1年)焼失。『太平記』にも戦場となったことが描かれている。この後の再建の時に現在の本尊が造立されたらしい。文禄年間、地震で被災。江戸時代、朱印地90石を領した。1934年(昭和9年)9月、台風で本堂が倒壊。現在は収蔵庫(釈迦堂)と観音堂のみとなっている。
| 住所 | 京都府八幡市八幡源氏垣外55 |
|---|---|
| 行き方 |
| 名称 | 法園寺 |
|---|---|
| 読み方 | ほうおんじ |
| 参拝時間 | 通常非公開 |
| 電話番号 | 075-981-2841 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ご本尊 | 釈迦牟尼仏(京都国立博物館へ委託) |
|---|---|
| 山号 | 雄徳山 |
| 宗旨・宗派 | 律宗 |
| 創建時代 | 1216年(建保4年) |
| 開山・開基 | 八幡八幡宮別当田中宗清/中道上人 |
| ご由緒 | 法園寺(ほうおんじ)は、京都府八幡市の石清水八幡宮近辺にある律宗寺院。石清水別当を世襲した田中家の菩提寺。本尊は釈迦如来。唐招提寺末で、善法寺、金剛寺、大乗院、寿徳院と共に石清水五律家の一つ。石清水八幡宮関連旧跡・唐招提寺関連旧跡。園寺(そのでら)・法薗寺ともいう。山号は雄徳山。
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