おおばじんじゃ
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無人の神社のため、後日、管理している鵠沼の皇大神宮さんで、直書きにていただきました。
延喜式十三社のひとつですね。
神社の場所はわかりづらいですが、親水公園の駐車場に止め、公園裏手の長い階段を登った先にあります。
参拝の記念にUPします。
23.06.07。JR藤沢駅北口より「湘南台駅西口」行きバスで20分、「天神社前」下車、徒歩10分。藤沢市稲荷の引地川沿い高台に鎮座。
御祭神 主・神皇産靈神
(かみむすびのかみ)
菅原道眞
大庭三郎景親
創建年 不詳
社格等 式内社(小)
旧郷社
【由緒】
平安時代に編纂された『延喜式神名帳』には「高座郡大庭神社」と記載されているものの、近世以前のその他の記録(社伝)は存在しない。
境内にある梵鐘は享保六年(1721)の鋳造で、当初は「天満天神宮」という文字が彫られたと伝えられる。また、藤沢市教育委員会が出版している『藤沢の文化財』によると、明治以前の当社は「天神社」という名で呼称されていたとのことである。
安永六年(1777)、神祇伯資顯王によって大庭城を拠点としていた大庭三郎景親を、さらに天明三年(1783)諏訪部定太郎、山崎六郎兵衛包高らの願いによって菅原道眞をそれぞれ勧請されたという。
急階段(確か106段?)を登ると静寂な境内に着きます。無人の神社ながらしっかりと管理されている様子が伺え、時節の紫陽花も見られて良き参詣でした。
管理元社の皇大神宮(藤沢市鵠沼神明)にて直書きで拝受。
バス道路より神社へ向かう途上にある藤沢市民の憩いの公園です。
続いて川(橋)を渡ります。
引地川
橋の名前は当社の古名からのようです。
鳥居方向
一の鳥居
社号標
急階段です💦
↓
階段が続きます。
登った先に!
境内入り口
手前に《ニの鳥居跡》
関東大震災で倒壊したようです。
鐘楼
神仏分離令以前は近くの成就院(次に訪問)が別当寺であった。
【由緒】の項で、梵鐘の鋳造年は享保6年とありますが、現在の梵鐘の刻は昭和29年とあります。
社殿遠景
参道
紫陽花
手水舎
水は出ていませんでした。
拝殿
本殿
軍人碑
大庭神社(おおば~)は、神奈川県藤沢市稲荷にある神社。旧社格は郷社。
平安時代927年の『延喜式神名帳』に記載のある「相模国高座郡 大庭神社」の2つの論社の一つ。もう一つの論社<熊野神社(大庭神社旧跡)>は当社の南西1.5kmの引地川東岸の丘陵地にある。
創建は不詳。社伝を含め近世以前の記録はない。境内梵鐘は1721年鋳造で、「天満天神宮」と書かれていたとされ、藤沢市教育委員会出版の書物『藤沢の文化財』によると江戸期には「天神社」と呼ばれていたとされる。主祭神は神皇産靈神とされるが、江戸期に大庭城主・大庭三郎景親と菅原道真を合祀した。明治時代の神仏分離令以前は、当社の近くにある成就院(高野山真言宗の寺院)が別当寺として当社を管理した。
当社は、小田急江ノ島線・善行駅の西方1kmほどの引地川親水公園脇の小山上の森の中にある。境内には古い梵鐘もあるので、少なくとも神仏習合の江戸期までは村の鎮守ぐらいの規模は合ったものと思われる。現在は境内は掃き清められているが神職常駐ではなく、鵠沼皇大神宮の兼務社となっている。
参拝時は週末の午後で、自分以外にも、近くの親水公園に遊びに来た子連れ家族が参拝に来ていた。
※式内論社2社を比べる(別途投稿<熊野神社(大庭神社旧跡)>参照)と、当社は神社の体をなしているので、どちらかと言えば当社かと思うが、サイズ感は所詮<村の鎮守>レベルなので、決め手に欠く感じ...
引地川親水公園のそばに木々に覆われた丘があり、その麓に鳥居と社号標がある。
丘の上までまっすぐに伸びる階段。
境内全景。階段を登り切った左側に境内地がある。
一段低いところに<鐘楼>がある。
梵鐘には思いっきり<大庭神社>と書いてある。ばっちり神仏混淆。
一段高い境内地入口。
境内左手に<手水舎>。
拝殿全景。サイズ的には旧村社、ザ・村の鎮守。旧郷社にしては小さめ。
拝殿正面と、<大庭神社>と書かれた扁額。
本殿。フル木製でしっかりメンテされている。
名称 | 大庭神社 |
---|---|
読み方 | おおばじんじゃ |
通称 | 天神さま |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | なし |
詳細情報
ご祭神 | 《主》神皇産霊神,《配》菅原道真,大庭三郎景親 |
---|
Wikipediaからの引用
概要 | 大庭神社(おおばじんじゃ)とは、延長5年(927年)の『延喜式神名帳』に記載された相模国の延喜式内社十三社の内の一社(小社)であるが、二つの論社(比定社)が存在する。両社間は距離にして約1.5km(徒歩20分程)と比較的近い。本項ではこの両社について併記している。 |
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歴史 | 由緒[編集] 平安時代に編纂された『延喜式神名帳』には「高座郡大庭神社」と記載されているものの、近世以前のその他の記録(社伝)は存在しない。当社の由緒に関する境内案内板では「相模十三社の一にして小社に列せられ 当地は往古より旧地なりと伝承す」と書かれている[1]。 境内にある梵鐘は享保6年(1721年)の鋳造で、当初は「天満天神宮」と書かれていたとされるが、この文字は削り取られて新たに「大庭大明神」という文字が彫られたと伝えられる。また、藤沢市の教育委員会が出版している『藤沢の文化財』によると、明治以前の当社は「天神社」という名で呼称されていたとのことである[2]。 安永6年(1777年...Wikipediaで続きを読む |
アクセス | 交通[編集] .mw-parser-output .side-box{margin:4px 0;box-sizing:border-box;border:1px solid #aaa;font-size:88%;line-height:1.25em;background-color:#f9f9f9;display:flow-root}.mw-parser-output .side-box-abovebelow,.mw-parser-output .side-box-text{padding:0.25em 0.9em}.mw-parser-output .side-box-image{pa...Wikipediaで続きを読む |
引用元情報 | 「大庭神社」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%A4%A7%E5%BA%AD%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=102312310 |
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