こゆるぎじんじゃ
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楽しみ方小動神社のお参りの記録一覧
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腰越駅から歩いて行く、腰越漁港南に突き出る岬(小山)の上に鎮座、岬(突端)地形は聖なる場所であり、ここに神社があるのはもっともだと思われる、いろんな社や神が集うように合祀されているのも頷ける、平日ということで参拝者は少なかったが、そのぶん霊妙な気配に浸ることができた、鎌倉は一大観光地となっているが素朴さの残る腰越らしい鎮守の神社

鳥居の前が海岸通りだが、新しくできた新道で、かつてはこれよりも長い参道が旧道(かつての漁村のメインストリート)まで続いていた

参道の入り口を振り返る、ゆるやかな下り坂で奥に見える森(丘)が満福寺のある丘陵

過去の参拝記録です。
この日は江の島周辺を巡りましたが、まずは、腰越の小動神社をお参りしました。
小動神社は、文治年間(1185~1190年)に源頼朝の家臣・佐々木盛綱が創建したと伝えられています。盛綱は平家追討の際、備前国児島の戦いで神の加護を受けたとして、以前から崇敬していた近江国の八王子宮を勧請する場所を探していました。その途中、江の島弁財天へ参詣した際にこの地へ立ち寄り、景色の美しさに感銘を受けて勧請の地に定めたと伝えられています。
「小動」という少し珍しい地名にも伝承があり、この山にあった老松が、風もないのに枝葉を揺らし、その音が琴のように美しく響いたことから「小動」と呼ばれるようになったそうです。その後、元弘3年(1333年)には、新田義貞が鎌倉攻めの際に戦勝を祈願し、戦いの後には剣と黄金を奉納して社殿を再興したと伝えられています。もとは八王子宮などと呼ばれていましたが、明治時代に現在の小動神社へ改称されました。
境内は海を望む高台にあり、見晴らしがとても良かったです。江の島や相模湾を眺めていると、佐々木盛綱がこの場所の景色を気に入って神様をお祀りしたという由緒にも納得できるような気がしました。
お参りの後は御朱印をいただきました。年配の神職の方にとても丁寧に対応していただき、気持ちよくお参りすることができました。
その後は近くのお店で生しらすをいただきました。生しらすは、人によっては「別にそこまで」という方もいると思いますが、湘南へ来てその日に生しらすがあると、やはり食べたくなります。この日も美味しくいただきました。
神社から海を眺め、その近くで生しらすもいただき、腰越らしさを楽しむことができました。
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小動神社(こゆるぎじんじゃ)は腰越五ケ町の鎮守で漁の神でもあります。土地の人々は八王子さんとかお天王さんと呼び、御祭神は素戔嗚尊(牛頭天王)です。
小動の地名は風もないのにゆれる美しい松「小動の松」が岬の頂にあったことに由来し、神社の縁起は、源頼朝公に仕えた佐々木盛綱が父祖の領国であった近江国から八王子宮を勧請したと伝えられています。
7月7日〜14日に行なわれる例祭は、江の島天王祭との出会い祭で、海を隔てた2つの神社で行なわれる独自の夏祭りになります。
古老の伝えによると、ある年、小動神社の御神体がシケで流されてしまい、大海士(素潜りの漁師のこと)が江の島の岩屋前で発見し、海中から引き上げ島内でお祀りしましたが、小動神社の御神体とわかりお返ししたところ、腰越で疫病が流行してしまいました。神様にお伺いすると「江の島に行きたい」とおっしゃるので、再び江の島にお祀りしたのだと言い伝えられています。
小動の人々には、江の島の八坂神社と小動神社の御祭神は御夫婦であらせられるということが非常に根強く言い伝えられていて、小動が男神、江の島が女神とされ、ちょうど七夕祭のように年に一度の逢瀬のため、江の島から腰越へお渡りになるといいます。
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小動神社の展望台から見える江の島が見たいという動機で参拝したのですが、こんなに関係深かったとは。
この前まで秩父夜祭を調べていたので、男女神の年に一度の逢瀬に、またこの話かと思ってしまいました😅💦
八坂神社のご由緒は以前に読んでいるはずなんですけどすっかり忘れていて…このタイミングに意味があるのか…?🤔七夕系の伝承って知らないだけでもっとあるんですかね〜。
あと、小さく動くと書いて「こゆるぎ」って、なんか響きが素敵だなと思いました。大和言葉なのかな?昔からの地名って大事にしたいですね。
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