えのしまじんじゃ
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楽しみ方江島神社のお参りの記録一覧
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江ノ島にある辺津宮、中津宮、奥津宮の総称。江ノ島に渡り、有料駐車場に車を停め(1時間400円)江ノ島の奥へ進む。お土産屋さんを通り抜けると大きな鳥居。そこから石段が続く。脚に自信の無い方は有料のエスカレーターが有ります。最初に辺津宮。立派な社殿。こちらには社務所があり、御朱印が戴けます。今回は江島神社と辺津宮、中津宮、奥津宮の御朱印を戴きました。大判の御朱印帳も合わせて戴きました。ここから更に岩屋道を進み中津宮、社殿脇奥に水琴窟が有りますのでぜひ耳を傾けて下さい。更に奥へ進み奥津宮、龍宮に突き当たります。平日の午前中にもかかわらず参拝者は多く、列を作り時間を要しました。折角なので、江ノ島の最奥の岩屋洞へ。絶景が待ち受けてました。帰りは近道を通り戻りましたが、2時間かかりました。
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神奈川県藤沢市江の島に鎮座する神社で、日本三大弁天のひとつに数えられる。
欽明天皇13年(552)、神宣に基づき欽明天皇の勅命により、江の島の南の洞窟に宮を建てたのが始まりとされる。
神仏習合により、「金亀山与願寺」と称する寺となった。
『吾妻鏡』によれば、寿永元年(1182)、源頼朝の命により文覚が島の岩屋に弁財天を勧請したとあり、これをもって創建とすることもある。
当社には岩本坊・上ノ坊・下ノ坊の3つの別当があり、それぞれ岩屋本宮(現在の奥津宮)・上之宮(現在の中津宮)・下之宮(現在の辺津宮)を管理していた。その中で岩本坊は総別当とされ、江島寺とも称した。
慶安2年(1649)に京都・仁和寺の末寺となってからは岩本坊のみ院号の使用が認められて「岩本院」と称するようになった。
三坊は競って当社の縁起を説いて回り参詣者を集めたが、そのうちに利権争いが起こり、寛永17年(1640)に岩本院は幕府からの朱印状を得て上ノ坊を吸収した。後に下ノ坊も支配するようになり、岩本院が全島の権益を握ることとなった。
明治元年(1868)の廃仏毀釈により、三重塔の他、多くの仏教施設や仏像などが破壊された。
明治6年(1872)には仏式を廃して神社となり、「江島神社」へ改称した。同時に僧侶は全員僧籍を離れて神職となり、岩本院は参詣者の宿泊施設としても利用されていたことから、旅館となり「岩本楼」へ改称した。




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