さすけいなりじんじゃ
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楽しみ方佐助稲荷神社のお参りの記録一覧
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明けましておめでとう御座います🎍新年一番最初のお詣りは何を思ったのか気付いたら電車で鎌倉に来ておりました⛩️マジ何考えてた桐花さん😅
と、まぁ恐らく一粒万倍日に佐助稲荷神社さん行った事無いのでそれで行ったかなー的な感じです🧐※思いつきと感覚で出掛けるテキトー人間
しかし久し振りに佐助稲荷さんにお邪魔出来たのはとても嬉しかったです☺️前に鎌倉行ったのはいつかしらレベルです💦相当行ってないかも🤔
運動不足の身体に鞭を打ちつつ、階段を登って見ると素敵な景色でした⛰️
……大問題はその後腹痛ヤバめに襲われて銭洗弁天様にも鶴岡八幡宮にも全く行けず何とか帰って寝込んだ事ですが😓いやートイレとお友達になってしまった💦💦
今ですら何だかまだ本調子でもないのですが……
まぁ最初のうちに何か起きれば後から安泰かとか勝手に思いながら一年過ごそうと思います!
皆様体調にはお気をつけてー!
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【御祭神】
宇迦御魂命
大己貴命
佐田彦命
大宮女命
事代主命
勧進年月は未詳。神社の縁起によると、平治の乱後に伊豆に配流された源頼朝の夢に、稲荷の神霊が老翁の姿で現れ、平家討伐の時節到来を告げて挙兵をうながした。そのため、平家討伐後、「佐介ガ谷隠れ里」の霊地を選び、畠山重忠に命じて社殿を造らせたという。 「佐助(介)」という地名は、「前右兵衛権佐」だった頼朝を助けたためとか、上総介・千葉介・三浦介という3人の介の屋敷があったため「三介ガ谷」と呼ばれていたのが変化したものなどといわれている。 吾妻鏡には当神社の記述がない。
延文4年(1359年)12月11日、鎌倉公方足利基氏は凶徒退治の祈祷を「佐介稲荷社別当三位僧都御房」に命じたという記録が残っている。 応永25年(1418年)2月、関東管領上杉憲実が鶴岡八幡宮の供僧に対して当社の別当職と社領を安堵している。
古くは、鶴岡八幡宮非常時の御旅所で飛地境外末社だったが、明治42年(1909年)に独立した。
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ぶらり鎌倉①銭新井弁天の社務所でルートを教えてもらい、境内から最短ルートで向かいました。「一本の道だよ」の言葉を信じ歩いていくと、何か所か分かれ道があり、間違えてしまった。ようやく佐助稲荷の入り口に、以前車で来た時はここまで来て停める場所がなくあきらめた場所である。7月に参拝した京都伏見稲荷を思い出しながら千本鳥居を潜りながら上っていく。銭新井弁天の坂に比べればきつくはない。名前は知っていたが、参拝でお邪魔するのは人生初めて。境内は思っていたほど広くはない。石段を上りきるとすぐに拝殿。「ここまで来たのに、ここでお終いにするのはないわね~」と他の参拝者の声、拝殿左側から奥宮への登拝ルートを更に上る。足元は少し歩きずらいが、さほどの勾配ではないし距離も大したことがない。途中、石祠群が苔むしていて周囲の雑草と一体化している。奥宮での参拝を終え社務所前に降りてきた。(右回りをすれば非常に近い)一通り参拝を済ませ書置きの御朱印を戴きました。帰路、時より吹く東風が冷たく感じ、秋を感じることが出来ました。(この辺りはスマホの電波がつながりにくい)
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