御朱印・神社お寺の検索サイト楽しみ方
四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※弘誓院ではいただけません

高野山真言宗

弘誓院

神奈川県 吉野町駅

御朱印受付時間:8時~17時

投稿する
045-731-2825

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり

御朱印中央には、ご本尊「聖観世音菩薩」の文字が書かれています。右上には、弘法大師二十一ヶ所の第十番の印が押されています。

限定
-
御朱印帳
-
パーキング
駐車場
-

巡礼

【公式】横浜御朱印めぐり
横浜市内観音三十三ヶ所の第三十番
弘法大師二十一ヶ所の第十番
東国八十八ヶ所の第五十四番の札所
磯子七福神祭詣の福禄寿尊

おすすめの投稿

こばけん
2021年11月20日(土)
599投稿

 21.11.19。横浜市営地下鉄(ブルーライン)吉野町駅下車、徒歩15分。横浜市南区睦町2丁目にある高野山真言宗寺院。(ぐぜいん)
《新四国 東国八十ハヶ所霊場第54番札所》
《横浜市内三十三ヶ所観音霊場第30番札所》
《弘法大師 横浜市内二十一ヶ所霊場第10番札所》
《横浜磯子七福神・福禄壽尊》

正式名:妙法山 観世音寺 弘誓院。
創 建:天文五年(1536年)。
開 基:石川帯刀源家重。
開 山:順清法印。
本 尊:聖観世音菩薩。

 寛永10年(1633年)議定の古義真言宗の本末帳に「石川寶生寺、御除」と載せている。延宝元年(1673年)京都仁和寺第二十世から「妙法山観世音寺」の山号寺号を賜った。
 
 元禄16年(1703年)の大震災、大正12年(1923年)の大震災、昭和20年(1945年)戦火による焼失を経ながらその都度再建を果たし、現在の本堂は昭和49年(1974年)竣工です。
   〜当寺リーフレットより抜粋〜

 「ホトカミ横浜御朱印めぐり」⑨ 住宅地域の中に神奈川県指定天然記念物の寺林を背に、行き届いた境内の清掃と相まって、落ち着いた雰囲気のある、爽やかな参詣でした。
 御住職ご在宅でしたので直書きの御朱印を3体も(ごめんなさい)拝受してしまいました。ご夫妻の心温まるご対応に感謝です。
 

弘誓院の御朱印

横浜市内三十三ヶ所観音霊場第30番札所。

弘誓院の御朱印

新四国 東国八十ハヶ所霊場第54番札所。

弘誓院の御朱印

横浜磯子七福神・福禄壽尊。

弘誓院の山門

門柱。

弘誓院の建物その他弘誓院の建物その他弘誓院の本殿

本堂。

弘誓院(神奈川県)弘誓院の建物その他

各札所の案内碑。

弘誓院(神奈川県)

客殿(兼写経道場)
→時にはヨガ教室もあるようです。

弘誓院の像

弘法大師修行像。

弘誓院(神奈川県)弘誓院の仏像

供養佛。

弘誓院の歴史

「神奈川県指定天然記念物・寺林」案内板。

弘誓院の建物その他

寺林。

弘誓院の建物その他

水屋。

弘誓院の建物その他

境内に何故かバスケのゴールが!

弘誓院(神奈川県)弘誓院の建物その他

庫裡方向。

弘誓院の建物その他

庫裡玄関。
→こちらで直書きの御朱印を拝受しました。

弘誓院の動物

すごく可愛い猫ちゃんが!

弘誓院の建物その他

庫裡裏手。
→参詣者用駐車場もあります。

もっと読む
投稿をもっと見る(19件)

歴史

天文五丙申年(一五三六年)石川帯刀源家重の開基、家重は伯父に当る順清法印を京都より迎え開山とされたと伝える。法印は此の地に下向きの時、聖徳太子・南無佛の像を背負い来り、当寺に安置されたと言い伝えている。
延宝元年(一六七三年)十一月二十四日京都仁和寺総法務官(仁和寺二十二世、後大御室承法法親王)から「妙法山観世音寺」の山号寺号を賜った。元禄三年(一六九〇年)の宝生寺文書「定」に役寺とあり、宝生寺門徒の中、上通りの格式をそなえ、本寺宝生寺の法務を執行し、同寺末寺四十六ヶ寺の触頭であった。
明治七年(一八七四年)本寺の格、宝生寺より増徳院に移るにしたがって増徳院の末寺となる。大正十二年(一九二三年)九月一日関東大震災によって本堂・庫裡全潰す。大正十五年(一九二六年)三月十五日工学博士伊東忠太先生設計の印度風の本堂(七間四方、銅板葺)附属位牌堂(間口五間、奥行三間)の再建成る。同年六月二十九日大本山金剛峯寺の直末となる。昭和四年(一九二九年)庫裡の完成をみる。

昭和二十年(一九四五年)四月十五日の戦災により一切の建物・什物等灰塵に帰す。
大戦後の復興として昭和二十六年(一九五一年)六月本堂(二十坪余)建築、次で同二十九年(一九五四年)庫裡を建築す。

宗祖弘法大師誕生千二百年を記念し、昭和四十四年(一九六九年)新本堂の再建を企て、同四十七年(一九七二年)旧本堂を移築 ー新本堂完成後、釋迦堂とす。ー
同四十九年(一九七四年)八月宝形造新本堂(間口六間、奥行六間)竣工す。翌年庫裡増改築をなし、同五十一年(一九六九年)秋、落慶法要を厳修す。
平成二十四年(二〇一二年)庫裡竣工。同二十六年(二〇一四年)客殿竣工、同五月落慶法要を厳修す。

歴史をもっと見る|
3

弘誓院の基本情報

住所神奈川県横浜市南区睦町2-221
行き方

ブルーライン吉野町駅から徒歩12分

アクセスを詳しく見る
名称弘誓院
参拝時間

御朱印受付時間:8時~17時

御朱印あり

御朱印中央には、ご本尊「聖観世音菩薩」の文字が書かれています。右上には、弘法大師二十一ヶ所の第十番の印が押されています。

限定御朱印なし
電話番号045-731-2825
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
メールアドレスguzeiin@yk9.so-net.ne.jp
ホームページhttps://www.guzeiin.com/
SNS

詳細情報

ご本尊聖観世音菩薩
宗旨・宗派高野山真言宗
創建時代1536年(天文五丙申年)
開山・開基石川帯刀源家重
札所など

横浜市内観音三十三ヶ所の第三十番
弘法大師二十一ヶ所の第十番
東国八十八ヶ所の第五十四番の札所
磯子七福神祭詣の福禄寿尊

ご由緒

天文五丙申年(一五三六年)石川帯刀源家重の開基、家重は伯父に当る順清法印を京都より迎え開山とされたと伝える。法印は此の地に下向きの時、聖徳太子・南無佛の像を背負い来り、当寺に安置されたと言い伝えている。
延宝元年(一六七三年)十一月二十四日京都仁和寺総法務官(仁和寺二十二世、後大御室承法法親王)から「妙法山観世音寺」の山号寺号を賜った。元禄三年(一六九〇年)の宝生寺文書「定」に役寺とあり、宝生寺門徒の中、上通りの格式をそなえ、本寺宝生寺の法務を執行し、同寺末寺四十六ヶ寺の触頭であった。
明治七年(一八七四年)本寺の格、宝生寺より増徳院に移るにしたがって増徳院の末寺となる。大正十二年(一九二三年)九月一日関東大震災によって本堂・庫裡全潰す。大正十五年(一九二六年)三月十五日工学博士伊東忠太先生設計の印度風の本堂(七間四方、銅板葺)附属位牌堂(間口五間、奥行三間)の再建成る。同年六月二十九日大本山金剛峯寺の直末となる。昭和四年(一九二九年)庫裡の完成をみる。

昭和二十年(一九四五年)四月十五日の戦災により一切の建物・什物等灰塵に帰す。
大戦後の復興として昭和二十六年(一九五一年)六月本堂(二十坪余)建築、次で同二十九年(一九五四年)庫裡を建築す。

宗祖弘法大師誕生千二百年を記念し、昭和四十四年(一九六九年)新本堂の再建を企て、同四十七年(一九七二年)旧本堂を移築 ー新本堂完成後、釋迦堂とす。ー
同四十九年(一九七四年)八月宝形造新本堂(間口六間、奥行六間)竣工す。翌年庫裡増改築をなし、同五十一年(一九六九年)秋、落慶法要を厳修す。
平成二十四年(二〇一二年)庫裡竣工。同二十六年(二〇一四年)客殿竣工、同五月落慶法要を厳修す。

体験写経・写仏御朱印札所・七福神巡り

この寺院の僧侶様へ

公式アカウント(無料)にご登録いただくと、

ご自身の寺院の情報を編集することができます。

無料登録して、参拝者が必要な情報を直接伝えてみませんか?

詳しくはこちら

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy and Terms of Service apply.

行きたい
投稿する
お問い合わせ
めめ小バナー