御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方
【サポーター特典】幸せと健康を毎月ご祈願
100年後に神社お寺を残せる未来へ

じんむじ|天台宗醫王山(醫王山来迎院神武寺 いおうざん らいごういん じんむじ)

神武寺
神奈川県 東逗子駅

御朱印について御朱印
あり
限定
-
御朱印帳にお書き入れ
あり
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
あり

あり(ただし、檀家さま参拝用なのでしょうか?広くは公にされていないと思しきルートにての場所に在ります。舗装されていますが細く急な坂を登った転回できない場所の、入り口にポール&チェーンで閉鎖されている場合があります。)

その他の巡礼の情報

三浦薬師如来霊場第1番札所

おすすめの投稿

投稿をもっと見る|
19

歴史

< 神武寺さま公式Webサイトから引用
    _ https://www.jinmuji-kanzoin.com/about-jinmuji/history/ >
.
醫王山来迎院と号する神武寺は、
神亀元年(七二四)正月、聖武天皇の命により
行基菩薩が十一面観音・薬師如来・釋迦如来の尊像を彫刻・奉安し、
玉体安穏・萬国和平・萬民豊楽の祈祷道場として開山された寺院です。

 天安元年(八五七)になると、慈覚大師により中興され、
法相宗から天台宗に改宗されました。

 鎌倉時代の史書 『吾妻鏡』 では、
建久三年(一一九二)八月九日、
後に三代将軍となる実朝公の御誕生に際し、源頼朝公が夫人政子さまの安産祈願の為、
當山を含めた二十七ヶ所の社寺に神馬を奉納された記録や、
承元三年 (一二〇九)、実朝公が岩殿寺(坂東第ニ番)と併せて當山へ御参詣された記録など
鎌倉幕府より篤い信仰を受けていた往時の様子を見ることが出来ます。

 鎌倉幕府の滅亡や後の動乱期には度々罹災し、小田原北条氏より庇護されて復興もなされましたが、
天正十八年(一五九〇)太閤秀吉公の小田原征伐の際にその余波をうけて
山内の殆どが焼失し、次第に衰退していきました。

 江戸時代となり、ようやく德川幕府より寺領寄進や保護が加えられましたが、
天保五年(一八三四) 再び大火を蒙りました。
その後、御歴代や檀信徒の協力により、伽藍の復興や境内の整備が行われ、現在に至ります。

 また、明治二十八年から五回にわたり昭憲皇太后・大正天皇が御登山され、
大正八年に貞明皇后の御参拝、昭和三年に昭和天皇・皇太后が三度にわたり
植物や菌類研究の為に御来山されるなど、皇室からの行幸が続きました。

 昭和・平成にかけて参道整備や薬師堂改修を行い、
當山は逗子鎌倉でも希少となった山岳信仰の面影を残す寺院として、今日まで法灯を伝えています。

歴史をもっと見る|
2

神武寺の情報

住所神奈川県逗子市沼間2-1402
行き方

・JR横須賀線「逗子駅」よりタクシー/
・JR横須賀線「東逗子駅」より徒歩20分(山道)/
・京浜急行電鉄逗子線「神武寺駅」より徒歩30分(ハイキングコース並みの登山道)

神武寺の基本情報

名称神武寺
読み方じんむじ
参拝にかかる時間

30分

参拝料

堂内特別参拝料500円

トイレあり。かなり離れた場所にポツンと在ります。
御朱印あり
限定御朱印なし
御朱印帳に直書きあり
御朱印の郵送対応なし
御朱印帳なし
電話番号046-871-4565

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttps://www.jinmuji-kanzoin.com/
SNS

詳細情報

ご本尊薬師如来
山号醫王山(醫王山来迎院神武寺 いおうざん らいごういん じんむじ)
院号来迎院
宗旨・宗派天台宗
創建時代神亀元年(724年)
開山・開基行基菩薩
文化財

県指定重要文化財

  ・ 薬 師 堂        文禄三年

  ・ 大威徳明王画像    鎌倉時代

  ・ 千手観音画像      鎌倉時代

市指定重要文化財

  ・ 薬師三尊像       伝行基作 

  ・ 不動明王像       室町時代

  ・ 緑釉唐草文瓶ほか   室町時代

市指定史跡・市指定天然記念物

  ・ みろくやぐら      鎌倉時代

  ・ 周辺岩隙植物群落  市指定天然記念物

県指定名木百選

  ・ なんじゃもんじゃ    樹齢四百年

      (ホルトノキ)

ご由緒

< 神武寺さま公式Webサイトから引用
    _ https://www.jinmuji-kanzoin.com/about-jinmuji/history/ >
.
醫王山来迎院と号する神武寺は、
神亀元年(七二四)正月、聖武天皇の命により
行基菩薩が十一面観音・薬師如来・釋迦如来の尊像を彫刻・奉安し、
玉体安穏・萬国和平・萬民豊楽の祈祷道場として開山された寺院です。

 天安元年(八五七)になると、慈覚大師により中興され、
法相宗から天台宗に改宗されました。

 鎌倉時代の史書 『吾妻鏡』 では、
建久三年(一一九二)八月九日、
後に三代将軍となる実朝公の御誕生に際し、源頼朝公が夫人政子さまの安産祈願の為、
當山を含めた二十七ヶ所の社寺に神馬を奉納された記録や、
承元三年 (一二〇九)、実朝公が岩殿寺(坂東第ニ番)と併せて當山へ御参詣された記録など
鎌倉幕府より篤い信仰を受けていた往時の様子を見ることが出来ます。

 鎌倉幕府の滅亡や後の動乱期には度々罹災し、小田原北条氏より庇護されて復興もなされましたが、
天正十八年(一五九〇)太閤秀吉公の小田原征伐の際にその余波をうけて
山内の殆どが焼失し、次第に衰退していきました。

 江戸時代となり、ようやく德川幕府より寺領寄進や保護が加えられましたが、
天保五年(一八三四) 再び大火を蒙りました。
その後、御歴代や檀信徒の協力により、伽藍の復興や境内の整備が行われ、現在に至ります。

 また、明治二十八年から五回にわたり昭憲皇太后・大正天皇が御登山され、
大正八年に貞明皇后の御参拝、昭和三年に昭和天皇・皇太后が三度にわたり
植物や菌類研究の為に御来山されるなど、皇室からの行幸が続きました。

 昭和・平成にかけて参道整備や薬師堂改修を行い、
當山は逗子鎌倉でも希少となった山岳信仰の面影を残す寺院として、今日まで法灯を伝えています。

ご利益
体験
「みんなでつくる御朱印・神社お寺の検索サイト」という性質上、掲載されている情報の正確性は保証されませんので、必ず事前にご確認の上ご利用ください。
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!

この寺院の僧侶様へ

公式アカウント(無料)にご登録いただくと、

ご自身の寺院の情報を編集することができます。

無料登録して、参拝者が必要な情報を直接伝えてみませんか?

詳しくはこちら

ホトカミのデータについて

ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。

ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy andTerms of Service apply.

御朱印背景
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!
行きたい
行った
お問い合わせ

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから

お問い合わせ