みょうおういん
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楽しみ方明王院のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年12月24日(水) 14時15分21秒
参拝:2024年8月吉日
神奈川県 鎌倉市 十二所に境内を構える、明王院(みょうおういん)正式名称は 飯盛山 寛喜寺 明王院、五大堂の別称も有名、山号は 飯盛山、寺号は 寛喜寺、院号は 明王院、宗旨 宗派は 古義真言宗、真言宗 泉涌寺派、ご本尊は 五大明王、「五大堂」鎌倉観音三十三ヶ所霊場 第八番札所 十一面観世音菩薩、鎌倉十三仏霊場 第一番札所 (不動明王)、
寛喜3年(1231年)鎌倉幕府4代将軍藤原(九条)頼経によって発願された寺で寺号の「寛喜寺」は発願の年号による。嘉禎元年(1235年)に落慶し鶴岡八幡宮別当の定豪が開山に迎えられた。
寺は寛永年間(1624 - 1644年)の火災で焼失し、その後再建されたものである。本尊として不動明王を中心とする五大明王像を安置するが、不動明王像のみが鎌倉時代のもので、他の4体は上記の火災後の造立である。不動明王像は作風から鎌倉時代の仏師・肥後別当定慶の作と推定されている。明王院は藤原頼経開基の寺院であるが、頼経の室・竹御所の一周忌の本尊仏を文暦2年(改元して嘉禎元年・1235年)5月、肥後法橋(定慶)が造立したことが『吾妻鏡』にみえ、頼経と定慶の関係を裏付けている
寛喜3年(1231年)鎌倉幕府4代将軍藤原(九条)頼経によって発願された寺で寺号の「寛喜寺」は発願の年号による。嘉禎元年(1235年)に落慶し鶴岡八幡宮別当の定豪が開山に迎えられた。
寺は寛永年間(1624 - 1644年)の火災で焼失し、その後再建されたものである。本尊として不動明王を中心とする五大明王像を安置するが、不動明王像のみが鎌倉時代のもので、他の4体は上記の火災後の造立である。不動明王像は作風から鎌倉時代の仏師・肥後別当定慶の作と推定されている。明王院は藤原頼経開基の寺院であるが、頼経の室・竹御所の一周忌の本尊仏を文暦2年(改元して嘉禎元年・1235年)5月、肥後法橋(定慶)が造立したことが『吾妻鏡』にみえ、頼経と定慶の関係を裏付けている
すてき
投稿者のプロフィール

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宮城県 石巻市に在住、元々出張で日本各地を訪れる機会が在り思い出作りに道の駅スタンプラリーにも参加、気がつけば全国制覇者2022年第184号、今は休日 旅行で全国各地の食べ物、景色、温泉を探索、...もっと読む
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