えんめいじ(ずしだいしえんめいじ)|高野山真言宗|黄雲山
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楽しみ方延命寺(逗子大師延命寺)のお参りの記録一覧
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26.01.05。先の宗泰寺より徒歩10分。逗子市逗子の中心部にある高野山真言宗の寺院。
《別名:逗子大師》
山号 黄雲山
院号 地蔵院
寺号 延命寺
創建 天平年間(729-749)
開山 行基
本尊 大日如来(金剛界)
札所等
湘南七福神・厨子弁財天
新四国東国八十八ヶ所霊場第80番
三浦二十八不動尊霊場第28番
三浦三十八地蔵尊霊場第24番
三浦干支守り本尊八佛霊場第8番
【歴史】〜Wikipedia より〜
行基が自ら彫った延命地蔵を安置する寺を創建したのが、当寺の起源である。平安時代に弘法大師空海が当寺を訪れ、延命地蔵を収納する厨子を設けた。この厨子が「逗子」という地名の由来となったと言われている。
鎌倉時代には、三浦氏の祈願寺となっている。永正10年(1513)、後北条氏の侵攻を受け、三浦義教こと三浦道香主従は当寺で自害した。彼らの墓が宝篋印塔の形で残っている。三浦氏滅亡後は、引き続き後北条氏の祈願寺になっている。天文年間(1532-1555)、朝賢が中興している。
当寺には、近くの亀岡八幡宮の旧神体だった阿弥陀三尊の縣仏(かけぼとけ)を所蔵している。
湘南七福神巡り③
開創が奈良時代であり、1200年有余の歴史を刻む古刹となります。三浦半島一帯の有数なお寺さんと言えると思います。訪問時には色紙を持った七福神巡りの方が数組おられました。

逗子・葉山駅からほど近い場所にある延命寺へ参拝いたしました。
境内に入ると、まずその存在感に圧倒される大きな本堂が目に飛び込んできました。逗子大師として親しまれる延命寺で、心を込めてお参りさせていただきました。
この日は、普段なかなかお目にかかれない「厨子弁財天」が特別に御開帳されており、その尊いお姿を拝むことができました。財運や芸事にご利益があると言われる弁財天様とのご縁をいただくことができ、大変貴重な体験となりました。
逗子の中心部にありながらも、一歩境内に入ると喧騒を忘れさせる静かで落ち着いた空間が広がっていました。大きな本堂と、珍しい特別御開帳に触れることができ、心穏やかなひとときを過ごすことができました。



亀岡八幡宮の隣の逗子市役所でレンタサイクルに乗って4分くらいにある延命寺へお参り🙏
高野山真言宗 黄雲山 逗子大師 延命寺
奈良時代、行基菩薩が延命地蔵菩薩像をつくり開創。平安時代、弘法大師が地蔵尊の厨子を設けられました。以来、この地は「ズシ」と呼ばれ、現在の「逗子」の起源となったと言われています(諸説あります)。鎌倉時代には三浦氏の祈願寺でした。
永正十年(1513年)北条早雲に攻められた三浦勢が、小坪の住吉城(平塚の住吉要害説もあります)から三崎の新井城へ逃れる時、弟の道香は兄三浦同寸を助けるためこの付近で敵の追撃を阻んで善戦し、武運尽きて討ち死にしたと云う伝説があります。境内の右側鐘楼の手前に彼等の墓と伝える宝篋印塔(ホウキョウイントウ)が七基並んでいます。
銅像阿弥陀三尊像は市指定文化財、湘南七福神(弁財天)。


ちょうど今から1年前。7/10は、私にある決意をさせた日であった。
大学生の時にキリスト教信者になったものの、己の弱さ、罪故に、多くの教会から追放されてしまった。
もう受け入れてくれる所はないだろうと思いながらも、最後の望みと、京急線の逗子・葉山駅前にある教会へと足を運んだ。
やはり、自分の居場所はここではないとわかった。
そんな事よりも、私は「マリア処女説」を信じられなくなったのだ。イエスが死んでからの体の復活をも疑うようになっていた。だって、実際に復活のイエスと出会った人は聖書では、信じる女たちと熱心な弟子たちだけだ。公平な目で見るローマ帝国の人間は見ていないのだ。
その直後、行ったのが逗子・葉山駅前にある高野山真言宗・延命寺だ。
当時の私は、御朱印帳というものを持っていなかった。
又、お寺の人に声を掛けるという事も怖かった。
イヤ、お寺だけではない。他人と会話をすることが怖いから、同僚もおらず、誰とも口を利かず黙々と独りで仕事をしたら済む仕事に就いていた。
それは教会で散々、
「罪深い」
「役立たず」
「早く死んだら?」
と言われて来たからだと思う。
バザーやクリスマスの準備の時に、のろまの私は確かに邪魔であったし、要らない物(者ではない)だったのだ。
そう、教会とは、最初に「罪の意識」を持たせるのだ。自分はこんなに罪深い。何もしていないのに、意識していないのに罪を犯している。神にすがるしかない。
カトリックの決められた唱え文句に
「意識せずに犯している罪をお赦しください」
がある。
まあ、他人に不快な思いをさせているのは事実にしても、精神的に参ってしまうよね。
逗子の真言宗寺院でも、他人に声を掛けることは怖いのと、当時は「コロナを移さないでえええ」「マスクをして」とか言われるのも飽きていたので、御朱印は頂くことなく帰宅した。
今思うに、PCR検査で陰性になっている人間に対して、
「コロナ感染するかもしれないから、個人の御朱印帳は暫くお断りです。書き置きです」
は、失礼過ぎるんじゃあないか!と思っている。
まあ、それは一般人が悪いのではなく、そんな風に煽った人らが悪いのだが。
その4日後に、御朱印帳とやらを購入した。
初めての御朱印であった。
それから、何かが変わっていった。
そう、1年前の日曜日。それは、最期の教会へ行った日となったのだ。
そして、1年後の7月9日。私は同じ場所に行った。
今回はチャイムをおして、御朱印を頂く事にした。
対応してくださったのは住職夫人だった。
逗子も高野山真言宗の寺院が多い話をした。そして、私の家は、赤門で有名な高野山真言宗の東福寺の近くである事を話すと、なんと!そちらの住職は、逗子延命寺の住職夫人と大学の同窓生なのだそうだ。
東福寺の池の話などでも盛り上がってしまった。
住職夫人は言われた。
ここは、黄雲山(こううんざん)と言うのだけれども、幸運という漢字を当てはめても良いのだ、と。
まさに、日本語は深い。
犬よりも なお役立たぬ 我なれど 慈悲にすがりし 同行二人
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21.09.10。先の森戸大明神様よりバスにて「逗子」駅へ戻り徒歩5分。逗子市逗子にある高野山真言宗の寺院。通称:逗子大師。正式名:黄雲山地蔵院延命寺。創建:天平年間(729〜749年)。御本尊:金剛界大日如来。
奈良時代 行基菩薩が開基せられ御自作の延命地蔵菩薩像を安置し本尊とされたのが当山の由来です。平安時代に入り、弘法大師様が下野の国、二荒山(現在の日光市)に登山の折、当山に立寄り地蔵尊を安置する厨子を設けられ、以来、住民尊信の的となりいつしか、当山一帯を往時は「厨子」と呼び、近時は「逗子」という地名の起源となった。
〜当寺リーフレットより〜
逗子駅より至近の市内中心地にありますが、境内に入ると意外に静かさもあり、迫力ある本堂他見所も多々あるお寺様でした。
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21.08.15 逗子「延命寺」 参拝 _ 逗子市逗子

01-1A) 「延命寺」境内入り口の遠景。 _ 逗子市逗子
県道24号線沿い、
左方:京急電鉄逗子線 ’ 逗子・葉山駅 ’ ~ JR横須賀線 ’ 逗子駅 ’ 方向。
右方:JR ’ 東逗子駅 ’ ~横須賀市方面。
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01-2) 地蔵尊三浦札所第二十四番霊場 地蔵尊三浦札所
’ 逗子大師 ’ 高野山真言宗「黄雲山 地蔵密院延命寺」 境内入り口。
天平時代からの、逗子「岩殿寺」 鎌倉「杉本寺」などとともに行基ゆかりの寺。
奈良時代聖武天皇の天平年中(724-749年)
行基菩薩が開創し御自作の延命地蔵菩薩座像を安置したこと伝えられる。
平安時代となり空海(弘法大師)命地蔵菩薩安置する厨子を設けられ以来
いつしかこの地を「厨子」と呼び、現在の「逗子」の地名発祥と伝えられている。
公式HP : http://zushidaishi.jp
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