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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※諏訪神社ではいただけません

すわじんじゃ

諏訪神社

神奈川県 横須賀中央駅

いつでも参拝可能です

投稿する
046-822-0208

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
パーキング
駐車場
あり

表参道側からはクルマの出入りできませんが、
事務所関係者用か?でハードルが高いのですが鳥居を潜れる小型自動車以下ならば
裏参道路地から入ると中段境内に2~3台ほど留められます。

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2022年09月02日(金)
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【祭神】建御名方命

当社の草創については社記に「正親町天皇の御宇天正元(1573)年3月12日信濃國諏訪明神の御分霊を勧請す」と伝える。記録に明らかなところでは享和元(1801)年8月本殿・拝殿の造替があり、現在の社殿は大正12年に造営されたものである。往古、当社は三浦郡横須賀村中横須賀(現在の下町商店街地区)瀧にあり、後背の丘陵海中に聳立し遙かに江戸湾を一望に収め波浪の響常に絶えずという環境にあり、散在せる住民は専ら漁業を以て生計となし、依って当社も漁業の守護神として崇敬を聚めた。明治の御代に至り横須賀軍港の設置に伴い転入者の逐年増加する趨勢となったため付近の山崖を切崩し埋立てることになり当社の存置が危ぶまれたが、3人の篤志家が所有地を寄進し社殿を奉遷したのが現在地である。因みにこの付近一帯の埋立て工事は主に高橋勝七氏によって施工されたため、その屋号若松屋から若松町と名付けられた。大正11年5月村社に列格、更に同年9月神饌幣帛料を供進すべき神社に指定された。爾来、横須賀市の中心たる下町商業地域の中核をなす神社として御神威弥高く、殊に5月の例祭と11月の酉の市(境内社大鷲神社の例祭)は下町の風物詩として広く市民に知られている。

諏訪神社(神奈川県)諏訪神社(神奈川県)諏訪神社の御朱印
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歴史

当社の草創については
社記に「正親町天皇の御宇天正元(1573)年3月12日信濃國諏訪明神の御分霊を勧請す」と伝える。
記録に明らかなところでは享和元(1801)年8月本殿・拝殿の造替があり、
現在の社殿は大正12年に造営されたものである。
往古、当社は三浦郡横須賀村中横須賀瀧にあり、
後背の丘陵海中に聳立し遙かに江戸湾を一望に収め波浪の響常絶えずという環境にあり、
散然せる住民は専ら漁業を以て計となし、
依って当社も漁業の守護神として崇敬を聚めた。
明治の御代に至り横須賀軍港の設置に伴い転入者の逐年増加する趨勢となったため
付近の山崖を切崩し埋立てることになり
当社の存置が危ぶまれたが3人の篤志家が所有地を寄進し社殿を奉遷したのが現在地である。
因みにこの付近一帯の埋立て工事は主に高橋勝七氏によって施工されたため、
その屋号若松屋から若松町と名付けられた。
大正11年5月村社に列格、更に同年9月神饌幣帛料を供進すべき神社に指定された。
爾来、横須賀市の中心たる下町商業地域の中核をなす神社として御神威弥高く、
殊に5月の例祭と11月の酉の市は下町の風物詩として広く市民に知られている。

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諏訪神社の基本情報

住所神奈川県横須賀市若松町3-17
行き方

京急電鉄線「横須賀中央駅」下車、徒歩2分。

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名称諏訪神社
読み方すわじんじゃ
通称お諏訪様
参拝時間

いつでも参拝可能です

参拝にかかる時間

5分ほど

参拝料

なし(志納)

トイレなし
御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号046-822-0208
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.osuwasama.com/

詳細情報

ご祭神《主》建御名方命(たけみなかたのみこと)
創建時代享和元年(1801)
ご由緒

当社の草創については
社記に「正親町天皇の御宇天正元(1573)年3月12日信濃國諏訪明神の御分霊を勧請す」と伝える。
記録に明らかなところでは享和元(1801)年8月本殿・拝殿の造替があり、
現在の社殿は大正12年に造営されたものである。
往古、当社は三浦郡横須賀村中横須賀瀧にあり、
後背の丘陵海中に聳立し遙かに江戸湾を一望に収め波浪の響常絶えずという環境にあり、
散然せる住民は専ら漁業を以て計となし、
依って当社も漁業の守護神として崇敬を聚めた。
明治の御代に至り横須賀軍港の設置に伴い転入者の逐年増加する趨勢となったため
付近の山崖を切崩し埋立てることになり
当社の存置が危ぶまれたが3人の篤志家が所有地を寄進し社殿を奉遷したのが現在地である。
因みにこの付近一帯の埋立て工事は主に高橋勝七氏によって施工されたため、
その屋号若松屋から若松町と名付けられた。
大正11年5月村社に列格、更に同年9月神饌幣帛料を供進すべき神社に指定された。
爾来、横須賀市の中心たる下町商業地域の中核をなす神社として御神威弥高く、
殊に5月の例祭と11月の酉の市は下町の風物詩として広く市民に知られている。

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