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さいじょうじ(どうりょうそん)|曹洞宗大雄山

最乗寺(道了尊)のお参りの記録一覧
神奈川県 大雄山駅

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神社仏閣のご縁繋ぎ
神社仏閣のご縁繋ぎ
2026年02月21日(土)7投稿

-大雄山最乗寺について-
最乗寺は、全国に4000余りもの門流をもつ、曹洞宗のお寺です。最乗寺は、天狗伝説で有名ですね!
境内はとても広く、下乗石~奥の院までの段数が708段も!
-歴史-
開山了庵慧明禅師は、相模国大住郡糟谷の庄(現在伊勢原市)に生まれ、藤原姓である。
長じて地頭の職に在ったが、戦国乱世の虚しさを感じ、鎌倉 不聞禅師に就いて出家、能登總持寺の峨山禅師に参じ更に丹波(兵庫県三田市)永沢寺通幻禅師の大法を相続した。
その後永沢寺、 近江總寧寺、越前龍泉寺、能登妙高庵寺、通幻禅師の後席すべてをうけて住持し、大本山總持寺に輪住する。
50才半ばにして相模国に帰り、曽我の里に 竺圡庵を結んだ。そのある日、1羽の大鷲が禅師の袈裟をつかんで足柄の山中に飛び大松(袈裟掛けの松)の枝に掛ける奇瑞を現じた。その啓示によってこの山中に大寺を建立、大雄山最乗寺と号した。應永元年(1394年)3月10日のことである。
大雄山最乗寺の守護道了大薩埵は、修験道の満位の行者相模房道了尊者として世に知られる。
尊者はさきに 聖護院門跡覚増法親王につかえ幾多の霊験を現され、大和の金峰山、奈良大峰山、熊野三山に修行。三井寺園城寺勧学の座にあった時、大雄山開創に当り空を飛んで、了庵禅師のもとに参じ、土木の業に従事、約1年にしてこの大事業を完遂した。その力量は1人にして5百人に及び霊験は極めて多い。
應永18年3月27日、了庵禅師75才にしてご遷化。道了大薩埵は「以後山中にあって大雄山を護り多くの人々を利済する」と五大誓願文を唱えて姿を変え、火焔を背負い右手に拄杖左手に綱を持ち白狐の背に立って、天地鳴動して山中に身をかくされた。以後諸願成就の道了大薩埵と称され絶大な尊崇をあつめ、十一面観世音菩薩の御化身であるとの御信仰をいよいよ深くしている。-大雄山ホームページより
-天狗伝説-
山々を守護し、人々から畏れ敬われて来た天狗。日本には数々の天狗に関する伝説がありますが、最乗寺と天狗との関係は、開山の歴史に由来しています。境内には様々な天狗様や、天狗の下駄という意味合いで、世界一と言われる下駄をはじめ、大小さまざまな下駄が奉納されています。
了庵慧明禅師の弟子だった道了尊者は、師匠の了庵慧明禅師が最乗寺を建立することを聞いて、近江の三井寺から天狗の姿になって飛んできて、神通力を使って谷を埋めたり、岩を持ち上げて砕いたりして寺の建設を手伝いました。そして了庵慧明禅師が75歳でこの世を去ると、寺を永久に護るために天狗の姿に化身して舞い上がり、山中深くに飛び去ったといわれ、以来、寺の守護神として祀られています。-最乗寺ホームページより
-境内-
境内には30堂塔もあり、とても広い本堂から、開山堂、多宝塔、清瀧不動尊、御真殿、奥の院、沢山あります。
-最乗寺ホームページ-
https://daiyuuzan.or.jp/
-住所-
神奈川県南足柄市大雄町1157

最乗寺(道了尊)(神奈川県)

大雄山最乗寺(本堂)

最乗寺(道了尊)(神奈川県)

開山堂

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