しょうふくじ|真言宗東寺派|飯泉山
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所在地:神奈川県小田原市飯泉1143
山 号:飯泉山
院 号:
宗 派:真言宗東寺派
寺 格:
本 尊:十一面観世音菩薩
建 立:830年(天長7年)
由緒
(奈良時代孝謙上皇の信頼を得たが、上皇の没後下野国薬師寺に左遷されることとなった僧道鏡が下野国へ赴く途中、上皇から賜った十一面観音を相模国足柄下郡千代村に堂宇を建立して安置したのに始まると伝えられる。この観音像は、唐からの僧鑑真が請来したものと伝えられ、当初は補陀落山と号し[1]、道鏡の出身である弓削氏の氏寺であったという。平安時代の830年(天長7年)現在地に移ったとされ、室町時代に現在の勝福寺と号するようになり、後北条氏の帰依を得た。なお、この寺には曾我兄弟(曾我祐成・時致)が仇討ちの際に日参して成就したことや、二宮尊徳が14歳の時、旅僧の訓読する観音経を聞いて発心したという伝説が残されている。 (Wikipediaより)
坂東三十三観音第5
番札所






神奈川県 小田原市 飯泉 に境内を構える、飯泉山 勝福寺、坂東三十三観音霊場 日本百観音巡礼にて参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、寺院対応は 観光でも参拝者が多く手慣れていて 親切丁寧で 有り難い寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 飯泉山、寺号は 勝福寺、宗旨 宗派は 真言宗 東寺派、ご本尊は 十一面観世音菩薩、坂東三十三観音霊場 第五番札所 飯泉観音 日本百観音の一つ、 『坂東三十三所観音霊場記』によると、奈良時代孝謙上皇の信頼を得たが、本尊の十一面観音は、三国伝来の(インドから中国を経由して日本に伝わった)仏像で、天平勝宝3年(751)に唐の楊州(揚州)大明寺の僧・鑑和将(鑑真和尚)が日本に来て孝謙天皇に献上し、天皇が弓削道鏡(宝亀3年・772没)に下賜したもの。宝亀元年(770)に道鏡が流罪となって下野国薬師寺に左遷されることとなった、下野国へ向かう途中、千代を通りがかったときに、縁起のいい土地だとしてここに堂宇を立てて安置した。その後、平安時代の830年(天長7年)飯泉に移したとされ、室町時代に現在の勝福寺と号するようになり、千代にあった頃は、「補陀落山」と号していたという、後北条氏の帰依を得た。なお、この寺には曾我兄弟(曾我祐成・時致)が仇討ちの際に日参して成就したことや、二宮尊徳が14歳の時、旅僧の訓読する観音経を聞いて発心したという伝説が残されている。『風土記稿』によると、千代の大乗院の隣地に飯泉観音の堂蹟があって、周辺の字名に痕跡が残っていた、また走湯山文書に「暦応四年(1341)十二月、走湯山領千葉郷内観音免」とみえ、千葉郷は千代にあたることから、天長に移転したとの寺伝は疑わしく、この頃までは千代にあったと推測されている、永延2年(988)に坂東札所に定められたという
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