しわいなりじんじゃ
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楽しみ方志和稲荷神社のお参りの記録一覧
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志和古稲荷神社とさほど離れてはいません。こちらで本日予定していた最後の神社です。地元では日本三大稲荷や日本五大稲荷の一つとされることもあります。あちこちで耳にする「~大稲荷はあまりあてにはなりませんが、素敵な稲荷神社であることは間違いありません。先に参拝した志和古稲荷神社と同規模ですが、背後の山まで社地になっています。神社巡り後半で疲労と暑さで山の方までは足を延ばしませんでした。創建は前九年の役の際に源頼義が勧請したとも、奥州総大将として斯波郡に下向した斯波家長が創建したとも伝わっています。古稲荷神社と由緒も同じような点があり、元は一つの神社だったと考えましたが、詳細は不明です。何かいわくがありそうなのですが繊細な部分がありそうで尋ねるのは躊躇いました。
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岩手県紫波町に鎮座する志和稲荷神社に参拝しましたのでどの様な神さまかと色々調べて見ました、創祀の年代不明。記録によれば、この地方一帯を領知していた陸奥守斯波家長の建立と称し、斯波氏の厚い崇信を受けられたとのことであるが、それ以前のことは不明です。
創建の往古があったことは社名より察せられます。ことに古くは本宮と称し、修験道を以て世襲した祀職が本宮寺(ほんぐうじ)と称して明治維新に及びました。
盛岡藩主南部利直公以来、数回社領の御進献があり、歴代藩主事大小となく祈願を籠められ、藩主の親拝、代拝は頻繁でした。また藩費で修理が行われました。
志和古稲荷神社と相並び鎮まり、藩主より全く等しい崇敬を捧げられました。
盛岡藩の直祭榊山稲荷大明神に次ぎ、領内稲荷社の第二位に列せられました。
南部利済(としただ)公が参詣のための稲荷街道の工事は、2万2千人を要した大土木工事であったそうです。
ご祭神は
宇迦之御魂大神
猿田彦大神
大宮能売大神
神の御威霊普く遠近に及び地方信仰の中心だそうで実際に行くと何やら力を感じる様な気がしますよ、パワースポット、仏閣、神社巡り、歴史的建造物、散策、散歩、岩手県観光、絶景、景色撮影、癒し処、参拝、御朱印集め等好きな方は近くの志和古稲荷神社と合わせて参拝するのが尚良いと思います。

【陸奥國 古社巡り】
志和稲荷神社(しわ・いなり~)は、岩手県紫波郡紫波町升沢前平にある神社。旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社。祭神は宇迦之御魂大神、猿田彦大神、大宮能売大神。地元では日本三大稲荷の一つまたは日本五大稲荷の一つとされている。
創建は不詳。平安時代後期1057年に源頼義が安倍氏追討のために陣ヶ岡に布陣した時、戦勝を祈願して京都の伏見稲荷神社を勧請したのが始まり。1189年に源頼朝が奥州合戦に際して再建したともいう。また別説では平安時代初期の大同年間(806年~810年)の創建とする伝承もあり、建武の新政期の1335年に奥州総大将として斯波郡に下向した斯波家長が伏見稲荷を勧請したともいう。
室町時代には斯波郡郡主の斯波氏から崇敬され、安土桃山時代の1588年には斯波詮直により社殿が造営されたが、直後詮直は南部信直に追われ、南部氏が代わって崇敬するようになった。のち江戸時代を通じて、南部氏が当社を祈願所として扱って大いに保護した。明治に入り、近代社格制度のもと村社となり、大正時代に県社に昇格した。
当社は、JR東北本線・紫波中央駅の西方7kmの小山の東側の山裾にある。森の一部が境内のようになっていて、入口から徐々に登って行き大きな社殿に辿り着き、その周りに境内社が並び、本殿裏の高い場所に御神木があるという造り。たくさんの古木に囲まれているだけあって、古社の雰囲気は抜群。
今回は、岩手県の旧県社、別表神社であることから参拝することに。参拝時は休日の夕方で、周りに民家もほとんどない、とても便利とは言えない立地にもかかわらず、自分以外にも意外と多くの参拝者が訪れていた。

境内入口から700mほど離れたところにある<大鳥居>。
周りは森と畑だけで、民家どころか建物さえない場所に突然現れる。

大鳥居をくぐりまっすぐ進んで突き当りにて、境内東端入口全景。
左右に<社号標>が立っている。

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