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菟橋神社の御朱印・御朱印帳
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■御祭神
●莵橋大神
産土神(氏神、鎮守神ともいう)である。元来は莵橋郷の鎮守の神として、郷内に住む人々は日々ご加護を戴いていた。
●諏訪大神
○建御名方命
(たけみなかたのみこと)
大国主命の第二の御子神
○八坂刀賣命
(やさかとめのみこと)
建御名方命の妃神
その総本社は信濃国一之宮諏訪大社である。
社伝によれば太古悠遠の昔、大国主命が北陸地方経営に際して父神と共にこの加賀の地に到り、先ず洪水を治め暴風を防ぎ凶暴を平らげ国土を開拓し農耕、機械、殖産の道を教え民衆の生業を助け給い、やがてその業成るや自らの御魂をこの地に留められ国魂の神として永く莵橋郷の鎮守の神となられし後に信濃国諏訪の地へ赴かれたという。
よって、諏訪大神は、北陸経営にあたり国土開拓・農産業殖産の神、必勝必達勝負の神、陸路海路空路の交通安全・旅行安全、八方除け、災難除けの神、と崇められている。また、八坂刀賣命は縁結び、商売繁盛、家内安全の神と親しまれている。
兎橋神社は、延喜式神名帳に「加賀国能美郡八座並小莵橋神社」として登載されている古社。
地元では「お諏訪さん」の呼び方が一般的です。

■社号標
和名抄に言う加賀国能美郡得橋(うはし)郷三十ケ村の総社として当時の国王、守護職を初め上下一般の庶民から篤く崇敬されていた。

■一の鳥居
※和名抄(わみょうしょう)
平安時代中期(931〜938年頃)に源順によって編纂された現存する最古の分類体漢和辞書・百科事典です。正式名称は『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』といいます。

#莵橋神社 #おすわさん
ご祭神はウハシの大神、タケミナカタの命、ヤサカトメの命。
#莵橋大神
パンフによれば、元は莵橋郷というごく狭い範囲の鎮守の神様だったが、江戸時代には加賀の国(石川県南部)全域の守り神とされ、加賀の殿様も小松城と金沢城の守護神として崇敬したと。
#建御名方命
諏訪大社(長野県諏訪市など)のご祭神。ここ莵橋神社のパンフによれば、父オオクニヌシの命と共に加賀にしばらくとどまり、土地の開発や産業の育成に力を注ぎ、しかるのち信濃へ旅立ったと。
前にタモリが諏訪をブラブラする時にも言っていたが、タケミナカタの命は上越出身。古事記に、オオクニヌシの神の別名とされるヤチホコの神が、越の国(北陸、特に新潟県)を治めるヌナカワヒメに求婚する逸話がある。先代旧事本紀によれば、タケミナカタの神はオオクニヌシの神とヌナカワヒメの御子神だ。居多神社(新潟県上越市)は、この親子3座をご祭神とする。
僕は以前、古事記でタケミカズチの神から敗走するタケミナカタの神が、なぜ諏訪に至ったのか疑問だった。どうやら闇雲にひた走って、たまたま行き着いたわけではなさそうだ。信州は国譲り神話以前から、タケミナカタの神の勢力基盤だった。もしかしたら逃げるふりをして、再起を期する意図だったのかも、と想像する。
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