いそべいなむらじんじゃ
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楽しみ方磯部稲村神社のお参りの記録一覧
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常陸国久慈郡の式内社「稲村神社」の論社です。元々は倭建命さまが伊勢の神宮の荒祭宮だった礒宮を勧請して創建されており、「磯部大明神」と呼ばれていました。その後、平将門公追討祈願、祈雨祈願など何度か朝廷から祈願依頼受けるほどに崇敬されています。

《鳥居と社号碑》
明治の近代社格制度では郷社に列格していました。

《祭神と御神徳》
ここには書いていませんが、実際には荒祭宮を勧請しているので天照大御神荒魂とするのが正しいのでしょうね。

さんざん寄り道して本来の目的地、お花見スポットに到着(^^;
「西の吉野、東の桜川」といわれてるようにヤマザクラが中心の様子。
なのでソメイヨシノで統一された権現堂堤のような派手さはないものの、こちらの方が天皇の吉野行幸とか平安貴族のお花見みたいな日本の原風景に近いんではないかと思います。
もちろんこちらの神社や前の公園にはソメイヨシノを始めとする多数の種類の桜もあり、まさに木花咲耶姫が鎮座するに相応しい神社かと(*´▽`*)
宮司さんがとても気さくな方でした。
御朱印書いてただいてる間も神社の由来とか兼務社についていろいろ説明してくれたり、御朱印が暇になったら境内に出て他の参拝客の方に桜について熱心に説明されてました。
この時期にここに来れて本当に良かったです(*^^*)
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櫻川磯部稲村神社(さくらがわいそべいなむら~)は、茨城県桜川市にある神社。式内論社で、旧社格は郷社。主祭神は天照皇大神荒魂、日本武尊ほか9柱。別称は「磯部稲村宮」、「櫻川明神」など。
社伝によると、景行天皇40年(111年)、日本武尊が伊勢神宮の荒祭宮である礒宮を移祀したのが始まり。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載されている「常陸国 久慈郡 稲村神社 小」の論社とされ、他の論社としては茨城県常陸太田市の「稲村神社」、茨城県久慈郡大子町の「近津神社」がある。(ただし、当社の所在地は常陸国新治郡にあたる。)939年には平将門討伐に向かった平貞盛が戦勝祈願をした。室町時代の1429年には鎌倉公方の足利持氏から神領の寄進を受け、1438年には当社神主の磯部祐行が足利持氏に花見囃『櫻児物語』一巻を献上したところ、室町幕府6代将軍・足利義教の目に止まり、世阿弥元清に謡曲「櫻川」を作らせた。戦国時代に神領没収など混乱したが、その中後水尾天皇から礒部大明神の勅額(現存)を授与された。江戸時代には武蔵国赤沼藩主・内藤正友から社領15石を寄進された。
当社は、JR水戸線・羽黒駅の北方1.5kmの、開発されてはいるが木々が多く、周りには市民公園などがある緑豊かな平地にある。境内はメインの社殿と、宮司さんのいる大きな社務所でほとんどでサイズ的には旧郷社格相当。明るい境内には、桜の古木を中心に、ほどよく木々が立ち並んでいて、自然との調和という観点で非常に良い雰囲気。
今回は、常陸国の式内論社であること、および当社で式内社である鴨大神御子神主玉神社の御朱印を拝受できることから参拝することに。参拝時は週末の午前中、人気の神社のようで、自分たち以外にも参拝者が数組訪れていた。

境内南西端にある入口からの景色。境外の100mほど離れた場所に<御手洗池>があるが、かつてはそこまで境内だったのかな?

境内は一段高くなっている。写真左端に<社号標>。年季が入って変色し、ちょっと文字が読みにくいが<郷社 櫻川磯部稲村神社>とある。

達筆な筆致の御朱印をいただきたくお参りしました。
ちょうど桜祭りが行われており、かなりの人出でした。

春限定の御朱印をいただきました。

境外摂社の「咳嗽(しゃびき)神社」の御朱印もいただきました。
磯部稲村神社の鳥居を背にして右手の方に砂利道があるので、そこを歩いていくと、すぐに咳嗽神社の鳥居があります。


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