こうみょうじ|高野山真言宗|五峰山
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高野山真言宗 五峯山(ごぶさん) 光明寺
兵庫県加東市の兵庫県立播磨中央公園の北に位置しています。
JR加古川線「滝野駅」から徒歩だと40分くらいかかるそうですが、今回は車でお参りさせていただきました。
とても皆晴らしの良いところに駐車場があり、そこからは徒歩で450mほどで仁王門に着きます。
距離的には大したことはないのですが、そこそこ急な上り坂でいい運動になりました!
第三十三代推古天皇2年(594年)、法道仙人による開創。
播磨高野とも呼ばれ、真言宗七十五名刹の一つとされています。
御本尊は法道仙人作とされる十一面千手観世音菩薩で、脇侍に不動明王と毘沙門天が安置されています。
またここは光明寺合戦の際、足利直義方の石塔頼房が本陣を構えたところで、本堂裏には本陣跡の石碑が建てられています。
光明寺合戦とは、正平5年(1350年)~正平7年(1352年)、足利尊氏とその弟である足利直義の間に起こった派閥争い、つまり観応の擾乱と呼ばれる戦乱の中で、直義方の石塔頼房らが五千騎余りでここに本陣を構え立て籠もったそうです。
足利尊氏は仁王門付近で愛曽伊勢守と10日間対峙したそうですが、直義方は必死に抵抗。
直義方の援軍が迫ってきたため、寄手は摂津まで軍を引いたそうです。
現在、塔頭寺院は4ヶ院ですが、最盛期には19の僧坊があったとか。
御朱印は塔頭4ヶ院での年番制となっており、今年は本堂に一番近い花蔵院で拝受することができます。
光明寺合戦の舞台「光明寺」
兵庫r349より光明寺交差点を看板の通りずーっと山道を登れば出てくる。それほど山道ではなく途中に展望台もある。標高はそこそこで、加東の街を一望できる。
広い駐車場あり。
簡素な山門横に地蔵堂。
傾斜のある山道を登っていく(手すりあり)。途中にその年の納経担当の塔頭を案内する看板がある。令和二年は「遍照院」
ずーっと坂道を進む。途中に山の中にお地蔵さんがにょきにょき生えてる。多聞院、遍照院、大慈院、花蔵院と塔頭が4つ現れ、さらに進むと仁王門が現れる。
仁王門をくぐり、右手に文殊堂、熊野権現の鎮守社と続く、奥に常行堂。
常行堂の左側の階段を登ると、右手に鐘楼、宝篋印塔と並び、奥に本堂。
光明寺合戦は、足利尊氏と石塔頼房(足利直義方)が対峙した戦。
光明寺には石塔頼房の本陣が置かれ、本堂辺りに布陣したそうです。詳しくは『太平記』見てください、有名な戦。
赤松政則も山名氏の戦で光明寺に陣を置くという、戦の立地に良いお寺。
尊氏が布陣した引尾山もすぐ北側にあるので頑張ったら行けそう。
山の中にお地蔵さんや像、お墓が見えたので城壁跡もあるかもしれない。途中に光明寺城の城主・阿閉左兵衛佐重民のお墓があった。
駐車場から結構歩くのですごい疲れたが、登った甲斐がある良い雰囲気。
途中、爽やかな野球少年達と鉢合わせした。毎年練習初めにお参りに来ているそうです。眩しかった。


新西国霊場・播磨西国霊場札所。
最初軽い気持ちで登り始めましたが、石垣が堅固に積まれており圧倒されたのを覚えています。
圓教寺さんとともに観応の擾乱に巻き込まれていますが、「お寺は軍事施設」というのを明確に理解した初めてのお寺さんです。
山の上にありながら、石垣はある、壁はある、食料はある、寝る場所はあるとなれば軍事拠点にしないほうが無理というものです。
城めぐりをしていても同じなのですが、城下町には「寺町」があり、有事の際の駐屯所や防御施設としての機能を最初から狙って区画を割りあてられています。
神社はともかく寺院はサムライになったつもりでみるのも実はとても興味深いと教えて頂きました。
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