はまのみやてんじんしゃ
浜宮天神社のお参りの記録一覧
加古川市にある天満宮で、道真公がこの地に休憩のために立ち寄り、海上の平穏と万民の幸福を祈って松を植えたと言われており、天神信仰の隆盛とともに松の下に北野天満宮から分社して創建されました。
《一の鳥居》
一の鳥居から参道にずっと松林が立ち並んでいます。社名の松が防砂林の役割を担っていることから、近辺まで海が広がっていたことが分かりますね。
《浜の宮公園》
この向こう側には市民プールもあります。
《随身門》
隣の小学校の子供たちが下校中でした。
《能舞台》
《手水舎》
柄杓が使えるようになっており、横に水神社があります。
《拝殿》🙏
👁チェックポイント‼️
ここからまた西の方に進めば曽根の松を植えた曽根天満宮があります。結構な至近距離で道真公の事跡に残っているのは結構な期間海に出られなかったのかもしれませんね。
《清めの神砂と願い串》
《鹿児の濱松》
この場所に植えられた松で、現在は二代目なんだそうです。
《稲荷神社》
いつもお世話になって(🤛
《絵馬》
学業成就、お願いしてきました。
山陽電鉄本線「浜の宮」駅の南約300mほどのところに鎮座しています。
一の鳥居は境内から約500mほど南西にあります。
境内の南側は「浜の宮公園」と呼ばれる広大な公園があります。
約3,000本もの黒松が群生する「加古の松原」で、その広さは15.9ha(甲子園球場12個分)だそうです。
一の鳥居からはこの公園の中をまっすぐに延びる参道を進んでいきます。
菅原道真公にゆかりのある神社で、延喜元年(901年)に菅公筑紫左遷の際に立ち寄られて、海上の平穏と万民の幸福を祈願され記念に松の木『鹿児の浜松』を植えられたとのこと。
その松は明治に枯れてしまったようで、切り株も火災のため焼失してしまい、その跡地に「木製の燈籠」だと推測されている建物がありました。
ちなみに二代目の『鹿児の浜松』が拝殿の東側に生い茂り、とても立派な枝っぷりでした。
樹齢550年になるそうです。
菅公が松の木を植えられた後、長和元年(1012年)小祠を建てお祀りをしたのがこちらの起源とのことで、文安元年(1444年)に社殿を建て、学問の神様としてお祀りしたそうです。
御祭神
菅原道真公 大己貴命(大国主命) 少彦名命
なお駐車場ですが、一の鳥居のそばに駐車場がありますがそちらは神社とは関係ないようなのでご注意ください。
浜宮天神社の駐車場は、境内の西側に駐車スペースがあります。
一の鳥居の南側、県道718号線に立つ石柱
「菅公遺蹟濱之宮」と書かれています
松に囲まれた参道を少し進むと一の鳥居が見えてきます
さらに進むと二の鳥居
楼門
手水舎
横には水神社
拝殿
実際に見るととてもきれいです
狛犬さん→なで牛→狛犬さんの順に整列しています!
拝殿前には小さな牛さんも。
体長50cmもなかったかも。
本殿
拝殿、本殿まわりには末社が沢山ありました。
まずは拝殿西側からぐるっと回ってみます。
最初に小さな祠が3つ。
詳細はわからず・・・
住吉神社
稲荷神社
八幡神社
琴平社
神明社
本殿裏には神輿蔵
ここからは本殿東側
春日神社
戎神社
祇園社
二代目『鹿児の浜松』
あまりにも枝が長すぎて写真に収まりませんでした
雲と枝の向きが同調していて、なんかいい感じ~♪
奥に見えているのが初代『鹿児の浜松』の跡地
手前に見えている松は、三代目だそうです
楼門横には能舞台がありました
一の鳥居そばにある末社
詳細は不明です
参道横にはこのような石が。
形からすると鳥居の笠木・島木部分のように見えます
御朱印
尾上神社の次は浜宮天神社に参拝に行って来ました。ここの参道は公園内を端から端まで通っています。参道が通っている場所は1915年から終戦まで陸軍の飛行場があった場所です。公園内は松が無数にありますが、飛行場があった頃の建物跡などの遺構が保存されていました。
神社内は綺麗にされてまして、気持ちよくお詣りをさせて頂きました。
由緒書き
最初の鳥居
公園内の参道
2番目の鳥居
門
手水社
本殿
狛犬
狛犬
なで牛。天神社ではお馴染みですね。
祇園社。祭神は須佐男命
狛犬
狛犬
注連柱と本殿
社
水神社
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