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曽根天満宮ではいただけません
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そねてんまんぐう

曽根天満宮
兵庫県 山陽曽根駅

御朱印について
御朱印
あり
限定
あり
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

随身門前にあり

その他の巡礼の情報

菅公聖蹟二十五拝(第16番)

おすすめの投稿

hiro
2024年03月02日(土)
17投稿

姫路に用事があったため、帰宅途中にある曽根天満宮にお参りをしました。ここの梅も見事でした。3月2日と3日には梅花祭があるそうです。

曽根天満宮の御朱印
曽根天満宮(兵庫県)

ご本殿

曽根天満宮(兵庫県)

こじんまりとした梅園でした。

曽根天満宮(兵庫県)
曽根天満宮の建物その他

ご本殿を背後から見たものですが、立派な建物であることがよく分りました。

曽根天満宮(兵庫県)
曽根天満宮(兵庫県)
曽根天満宮(兵庫県)

ご本殿正面の写真も撮ることが出来ました。

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歴史

延喜元年(901)菅原道真公は無実の罪により九州大宰府へ左遷される。その途中伊保港に船を寄せて、曽根天満宮西方の日笠山に登られ「我に罪無くば栄えよ」と祈って山上の小松を植えられた。これが霊松(れいしょう)曽根の松で、現在も幹が保存されている。
その後、四男淳茂公(あつしげこう)が、家臣13人と共にこの地を訪れ、父君ゆかりの場所に社殿を建てお祀りしたのが創始とされる。天正6年(1578)豊臣秀吉の播州征伐の際兵火にかかり社殿を焼失するが、天正18年に寺沢越中守を奉行として本殿を再建し、社領10石を寄せた。慶長14年(1609)には、徳川家康の息女で姫路城主池田輝政の側室である督姫の寄進により拝殿を建立、慶安元年(1648)3代将軍家光が朱印領30石を寄せ、以後累代の将軍はこれに習った。
さらに、徳川光圀が菅公廟記を撰し霊元院が和歌を奉納するなど御神威は各地に聞こえ、参勤交代の途次参拝する大名も多くなった。特に鹿児島藩主島津公は、霊松の枝で天神像を刻み国元に持ち帰りお祀りしたという。また、伊藤東涯(いとうとうがい)が『研松記』を頼山陽(らいさんよう)が『霊松詩』を奉納している他、小林一茶、シーボルトなど文人墨客が数多く訪れ、詩文を献上している。

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曽根天満宮の基本情報

住所兵庫県高砂市曽根町2287-1
行き方

山陽電鉄山陽曽根駅から徒歩5分

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名称曽根天満宮
読み方そねてんまんぐう
通称曽根天満宮
参拝時間

社務所:9:00〜17:00

参拝にかかる時間

約20分

参拝料

なし

トイレなし
御朱印あり

限定御朱印あり
御朱印帳あり
メールアドレスsone@tenmangu.net
ホームページhttp://www.tenmangu.net/
絵馬あり
SNS

詳細情報

ご祭神《主祭神》
 菅原道真
《配祀神》
 天穂日命
 菅原公達
創建時代延喜三年(903年)以降
創始者菅原淳茂
本殿三件社流造
文化財

一ツ物神事(県指定重要無形民族文化財)

ご由緒

延喜元年(901)菅原道真公は無実の罪により九州大宰府へ左遷される。その途中伊保港に船を寄せて、曽根天満宮西方の日笠山に登られ「我に罪無くば栄えよ」と祈って山上の小松を植えられた。これが霊松(れいしょう)曽根の松で、現在も幹が保存されている。
その後、四男淳茂公(あつしげこう)が、家臣13人と共にこの地を訪れ、父君ゆかりの場所に社殿を建てお祀りしたのが創始とされる。天正6年(1578)豊臣秀吉の播州征伐の際兵火にかかり社殿を焼失するが、天正18年に寺沢越中守を奉行として本殿を再建し、社領10石を寄せた。慶長14年(1609)には、徳川家康の息女で姫路城主池田輝政の側室である督姫の寄進により拝殿を建立、慶安元年(1648)3代将軍家光が朱印領30石を寄せ、以後累代の将軍はこれに習った。
さらに、徳川光圀が菅公廟記を撰し霊元院が和歌を奉納するなど御神威は各地に聞こえ、参勤交代の途次参拝する大名も多くなった。特に鹿児島藩主島津公は、霊松の枝で天神像を刻み国元に持ち帰りお祀りしたという。また、伊藤東涯(いとうとうがい)が『研松記』を頼山陽(らいさんよう)が『霊松詩』を奉納している他、小林一茶、シーボルトなど文人墨客が数多く訪れ、詩文を献上している。

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Youtube

Wikipediaからの引用

概要
曽根天満宮(そねてんまんぐう)は、兵庫県高砂市曽根にある天満宮。秋祭りや天然記念物であった曽根の松で知られる。
歴史
歴史[編集] この神社の創建年代については不詳であるが、社伝では延喜元年(901年)菅原道真が大宰府に左遷される途上に伊保の港から上陸し、「我に罪なくば栄えよ」と松を手植えした。後に播磨国に流罪となった子の菅原淳茂が創建したものと伝えている。江戸時代には江戸幕府から朱印状も与えられていた。
アクセス
交通[編集] 山陽電車山陽曽根駅より徒歩5分     JR曽根駅より 徒歩約30分 タクシー約10分 じょうとんバス31系統「山陽曽根駅」バス停下車
行事
祭事[編集] 屋台(秋季例大祭) 夜の屋台(秋季例大祭) 竹割り(秋季例大祭) 元旦祭(1月1日) 戎社祭・トンド祭(1月15日) 初天神(1月25日前後の日曜) 節分祭(2月節分) 春祭(3月25日・26日) 輪抜け祭(6月30日) 塩釜社祭(7月1日) 木下稲荷神社祭(7月22日) 秋季例大祭(10月13日・14日) 七五三(11月) 大祓式(12月31日) 月次祭(毎月1日・25日) 国恩祭(11年に一度) 秋季例大祭[編集] 一ツ物、和供(にごく)、流鏑馬が神事として行われる。流鏑馬はできる者がいないため、代わりに御幣を納めている。一ツ物は4名、相手役の行事は1名の男児が勤め、拝...Wikipediaで続きを読む
引用元情報曽根天満宮」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E6%9B%BD%E6%A0%B9%E5%A4%A9%E6%BA%80%E5%AE%AE&oldid=88009497

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