そねてんまんぐう
曽根天満宮兵庫県 山陽曽根駅
社務所:9:00〜17:00
御朱印 | |||
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限定 | |||
御朱印帳 | |||
駐車場 | 随身門前にあり |
菅公が京の都から大宰府に落ちてゆかれるルートにあたります。
曽根天満宮には菅公がお手植えをなされた松「古霊松」があります。
枯れたりして今は5代目の松だそうですが、屋根付きの祠に入っており、なんだか「霊力」が高そうな感じでした。
このあたりは、豊臣秀吉や黒田官兵衛による「毛利攻め」の前線になった時代もあり、多くの寺社仏閣が戦火で焼失した後、再建されております。
この天満宮も、地方にあるのですが、ひじょうに境内は広く立派で、手入れもされていて気持ちがよいお社でした。なお、大塩天満宮も近かったのですが、予定時間がなく、今回は断念しました。
天満宮のご神紋をあしらった御朱印いただきました。
正面の門です。
ご拝殿です。大きな注連縄が印象的。
ご拝殿の中になります。ご本殿はこの奥になります。
古霊松を覆っている建物。木を覆うってことはあまりしないと思います。なにか松を閉じ込めているような感覚でした。
門の外にあった???
兵庫県高砂市にある神社です。
主祭神は菅原道真、配祀は天穂日命(アメノホヒノミコト)・菅原公達(スガワラキンダチ)です。
菅原道真公は九州大宰府へ左遷される途中、伊保港に船を寄せて、曽根天満宮西方の日笠山に登られ「我に罪無くば栄えよ」と祈って山上の小松を植えられました。
これが霊松(れいしょう)曽根の松で、現在も幹が保存されています。
その後、四男淳茂公(あつしげこう)が、家臣13人と共にこの地を訪れ、父君ゆかりの場所に社殿を建てお祀りしたのが創始とされます。
境内は広く、きれいな池があり、梅の木も多く植えられています。
梅の実はおさがりの梅干しにされるそうです。
また、ほうそうの神様が祀られていますが、境内にある最も古い石碑だそうです。
霊松「曽根の松」
枯死していますが ごついです 現在は実生の5代目です
大注連縄
梅の木
ほうそうの神様
延喜元年(901)菅原道真公は無実の罪により九州大宰府へ左遷される。その途中伊保港に船を寄せて、曽根天満宮西方の日笠山に登られ「我に罪無くば栄えよ」と祈って山上の小松を植えられた。これが霊松(れいしょう)曽根の松で、現在も幹が保存されている。
その後、四男淳茂公(あつしげこう)が、家臣13人と共にこの地を訪れ、父君ゆかりの場所に社殿を建てお祀りしたのが創始とされる。天正6年(1578)豊臣秀吉の播州征伐の際兵火にかかり社殿を焼失するが、天正18年に寺沢越中守を奉行として本殿を再建し、社領10石を寄せた。慶長14年(1609)には、徳川家康の息女で姫路城主池田輝政の側室である督姫の寄進により拝殿を建立、慶安元年(1648)3代将軍家光が朱印領30石を寄せ、以後累代の将軍はこれに習った。
さらに、徳川光圀が菅公廟記を撰し霊元院が和歌を奉納するなど御神威は各地に聞こえ、参勤交代の途次参拝する大名も多くなった。特に鹿児島藩主島津公は、霊松の枝で天神像を刻み国元に持ち帰りお祀りしたという。また、伊藤東涯(いとうとうがい)が『研松記』を頼山陽(らいさんよう)が『霊松詩』を奉納している他、小林一茶、シーボルトなど文人墨客が数多く訪れ、詩文を献上している。
名称 | 曽根天満宮 |
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読み方 | そねてんまんぐう |
通称 | 曽根天満宮 |
参拝時間 | 社務所:9:00〜17:00 |
参拝にかかる時間 | 約20分 |
参拝料 | なし |
トイレ | なし |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | あり |
御朱印帳 | あり |
メールアドレス | sone@tenmangu.net |
ホームページ | http://www.tenmangu.net/ |
絵馬 | あり |
SNS |
菅公聖蹟二十五拝 第16番 | 御本尊:菅原道真、天穂日命、菅原公達 |
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ご祭神 | 《主祭神》 菅原道真 《配祀神》 天穂日命 菅原公達 |
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創建時代 | 延喜三年(903年)以降 |
創始者 | 菅原淳茂 |
本殿 | 三件社流造 |
文化財 | 一ツ物神事(県指定重要無形民族文化財) |
ご由緒 | 延喜元年(901)菅原道真公は無実の罪により九州大宰府へ左遷される。その途中伊保港に船を寄せて、曽根天満宮西方の日笠山に登られ「我に罪無くば栄えよ」と祈って山上の小松を植えられた。これが霊松(れいしょう)曽根の松で、現在も幹が保存されている。
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体験 | 祈祷おみくじお宮参り絵馬七五三御朱印お守り祭り人形供養花の名所札所・七福神巡り伝説 |
Youtube | |
概要 | 曽根天満宮(そねてんまんぐう)は、兵庫県高砂市曽根にある天満宮。秋祭りや天然記念物であった曽根の松で知られる。 |
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歴史 | 歴史[編集] この神社の創建年代については不詳であるが、社伝では延喜元年(901年)菅原道真が大宰府に左遷される途上に伊保の港から上陸し、「我に罪なくば栄えよ」と松を手植えした。後に播磨国に流罪となった子の菅原淳茂が創建したものと伝えている。江戸時代には江戸幕府から朱印状も与えられていた。 |
アクセス | 交通[編集] 山陽電車山陽曽根駅より徒歩5分 JR曽根駅より 徒歩約30分 タクシー約10分 じょうとんバス31系統「山陽曽根駅」バス停下車 |
行事 | 祭事[編集] 屋台(秋季例大祭) 夜の屋台(秋季例大祭) 竹割り(秋季例大祭) 元旦祭(1月1日) 戎社祭・トンド祭(1月15日) 初天神(1月25日前後の日曜) 節分祭(2月節分) 春祭(3月25日・26日) 輪抜け祭(6月30日) 塩釜社祭(7月1日) 木下稲荷神社祭(7月22日) 秋季例大祭(10月13日・14日) 七五三(11月) 大祓式(12月31日) 月次祭(毎月1日・25日) 国恩祭(11年に一度) 秋季例大祭[編集] 一ツ物、和供(にごく)、流鏑馬が神事として行われる。流鏑馬はできる者がいないため、代わりに御幣を納めている。一ツ物は4名、相手役の行事は1名の男児が勤め、拝...Wikipediaで続きを読む |
引用元情報 | 「曽根天満宮」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E6%9B%BD%E6%A0%B9%E5%A4%A9%E6%BA%80%E5%AE%AE&oldid=88009497 |
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