うすきはちまんじんじゃ
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魚吹八幡神社の御朱印・御朱印帳
| 限定 | - | ||
|---|---|---|---|
| 御朱印帳 | - | ありません | |
| 電話番号 | 079-272-0664 | ||
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「津の宮」と呼ばれ古くから地元の方に親しまれている古社になります。
平安時代の頃までは境内のすぐ南に海岸線があったそうですが、現在の海岸線は3kmほど南になります。
大昔、魚が群れをなして砂を吹き寄せて土地が出来たという伝説が残されています。
これが「魚吹」の由来となっているそうです。
御祭神 品陀和氣命(応神天皇)
息長足比賣命(神功皇后)
玉依比賣命
神功皇后摂政3年(202年)、三韓征伐の際に神功皇后が宇須伎津と呼ばれたこの地へ立ち寄られ、小社を建立したのが始まりとのこと。
玉依比賣命を祀り敷島宮と号したそうです。
その後、京都の石清水八幡宮が勧請され、石清水八幡宮の別宮の一つとされました。
天正4年(1576年)の兵火によって焼失してしまいますが、正保2(1645)年に本殿が再建され現在に至ります。

魚吹八幡神社(うすき八幡神社)
~ 宇須伎津の宮 朔日詣 ~
御祭神 品陀和氣命
(応神天皇)
息長足比賣命
(神功皇后)
玉依比賣命
例祭 10月21-22日
主神事 武神祭(3月最終土曜日)
御由緒
神功皇后摂政三年(202年)大陸交渉の際、御鑑を当宇須伎津に御滞泊あらせられた際、皇后信託(神様のお告げ)をお受けになりこの宇須伎津の浄地を開き、一小社を建立し、玉依比賣命(神武天皇の御母、海の神様)をお祀りし、敷嶋宮と号した。
これが当社創建の起源であります。
後に十六代仁徳天皇七年(319年)八月、天皇霊夢を御覧になり、御父応神天皇御祖母神功皇后を当宇須伎津に祀るべし、と仰せになり、紀角宿禰(きのつのすくね)を遣い三神を合わ祀られ、この地にお鎮まりになりました。
ここに当地方開闢(かいびゃく)の産土神として、祭祀信仰が今日まで、脈々と受け継ぎ生き続けていることは御神威の千古にわたる輝きを知ることができる。
~魚吹八幡神社 略記より~
魚吹八幡神社は、地元で津の宮とも呼ばれ親しまれています。
社伝によると、神功皇后が魚吹津に泊まり一社を造営し、海神の玉依比売命(たまよりひめのみこと)を祀り敷島宮と号されました。現在は干拓が進み海岸線は当時のはるか沖合に移動していますが、平安時代まではこの神社の辺りまでが海岸付近でした。
魚吹八幡神社は戦国時代の1576(天正4)年に兵火で全焼しましたが、江戸時代の1831 (天保2)年に再建されています。
播州の秋最期を締めくくるお祭りが特に有名で、十数基の檀尻が多くの見物人の中を宮入する姿は勇壮そのものです。
延喜式神名帳の名神大社である中臣印達神社の比定社の一つでもあります。
♯宇須伎津
♯宇佐神宮
♯石清水八幡宮別宮
♯仲哀天皇
♯聖母信仰
♯大陸文化
♯兵庫県有形重要文化財
♯播磨國風土記
♯第二宗廟
♯三ノ宮卯之助像
♯砂堆積地
♯魚吹伝説
♯休漁網干し参詣
♯網干あぼし
姫路市網干区宮内193
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