みずおじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方水尾神社のお参りの記録一覧
絞り込み

本日の地震に伴う津波に間接的に関連してお亡くなりになった方がいらっしゃるとか。冥福をお祈りいたします。
津波が懸念される地域にお住まいの方が御無事でいらっしゃることをお祈りいたします。
兵庫県姫路市にある神社です。
男山の麓にあります。
男山八幡宮の社務所が近くにありますので境内社かなと思ったのですが 調べてみるとどうやら違うようです。
男山に3社ということらしいです。
主祭神は大己貴命と伊和大神です。
柱の門をくぐるとすぐ右手に手水舎。
手水舎には龍が多いよなぁと思いながら近づくと 龍でした。
門から真っすぐ先に拝殿・本殿があります。
すぐ右手に むすびの木と呼ばれるクスノキがありました。
拝殿手前には狛犬が2対ありました。
よく見かける光景ですが どうして2対とか3対とかあるんだろ。
拝殿には立派な奉納絵が3つありました。
中央には龍が姫路城を守っているかのような絵があり これはすごいです。
神社には隋神門ってありますよね。隋神門には左右に隋神がいらっしゃいますよね。
こちらの水尾神社には 拝殿の中に隋神がいらっしゃるんです。
このスタイルは初めて見ました。
境内には末社四社がありました。
右から 市杵島姫社・荒神社・大将軍社・武大神です。
ひやぁ今日も暑い暑い。このあと男山を上ります。
手水舎の横で少しだけ涼みました。






【播磨國 古社巡り】
水尾神社(みお~)は、兵庫県姫路市山野井町にある神社。祭神は大己貴命、伊和大神。
創建は不詳。古くから伊和大神を祀っていたところ、565年から大己貴命を祀ったとされる。奈良時代の764年には当地で兵主神を祀り、787年に坂上田村麻呂が兵主神を飾磨郡国衙小野江梛本(現・姫路市本町)に遷座(現・射楯兵主神社)。その後、周辺民が男山に祠を建てて祀ったことから、当社は射楯兵主神社の元宮と言われる。江戸時代の1619年に本多忠政が姫路城を増築する際、神守岡より岡大歳社を遷座し社殿を造営した。
当社は、JR山陽本線・山陽新幹線・姫路駅の北2km弱の姫路城址の北西外側にある。男山という小丘(標高数十m)の山麓にある。境内地は山麓の水尾神社、中腹の千姫天満宮、山頂の男山八幡宮が共有しており、社務所も一つ。入口は二つで水尾神社だけが独立した入口がある。
今回は、同一境内にある男山八幡宮が播磨國の国府八幡宮であるため参拝することに。参拝時は休日の午前中で、自分以外にも参拝者がぱらぱらと訪れていた。
もっと読む

水尾神社
御祭神 大巳貴命
御神徳 創業・開業・病気平癒
国造り(政治を志す人)
特殊神事 御神幸
祭礼日 11月第2土・日曜日(大祭)
1月元旦祭・どんと日曜日朝
6月末日曜日(大秡・夏越・追立神事)
9月敬老観月祭
男山の麓に鎮座、境内から姫路城が望まれ、城下町の家並みが残る氏子約千三百戸の氏神社である。
記録によれば当社はもと伊和大神を祀っていたが、二十九代欽明天皇即位二十六年(五六五)六月十一日この神を水尾山(古箕丘、今秩父山)に鎮祭し、延暦五年(七八六)六月十一日将軍坂上田村麻呂は梛本の地に遷して祀った(現在の播磨国総社)。
しかし山麓の民多く、男山の下に移り住み、神影を崇めて祠を建て奉祀した。
後に元和五年(一六一九)三月本多美濃守忠政は姫路城築城の時、神守岡より岡大歳社を遷し社殿を造営する。
国内神名帳所載の神社として崇敬され、池田、本多、榊原、酒井等の藩主は、祭時に能楽を奉納した。
霊威著しい神として祭神を本社に併せ祀った。
明治の神仏分離の際、大年社歳徳大明神を水尾神社と改め現在に至る。
明治年間社殿を改築する。又、現在の社殿は平成二十二年(二〇一〇)に再建し、併設の社務所(崇敬会館)は平成七年(一九九五)に新築、境内整備をする。
姫路市山野井1―3
もっと読む最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ


























































