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まつばらはちまんじんじゃ

松原八幡神社

兵庫県 白浜の宮駅

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079-245-0413

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四季
2022年05月01日(日)
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松原八幡神社

主祭神 品陀和気命(応神天皇)
    左殿 息長足姫命(神功皇后)
    右殿 比咩大神

社格等 県社

創建  天平宝字7年(763年)
例祭  10月14日・15日
    (秋季例大祭)

社伝によると、天平宝字7年(763年)4月11日、妻鹿の漁師が「八幡大菩薩」と書かれた霊木を拾い上げ、その霊木を祀ったことを起源とし、宇佐神宮の勧請とされています。 平安時代には松原荘が石清水八幡宮の社領となり、その別宮となっていました。

また神宮寺の八正寺では、第45代聖武天皇の神亀元年(724年)行基菩薩によって開創。
615年 八正寺妻鹿村に建立。 622年 灘七村の中心地に移りました。
灘のけんか祭りは、中世の地誌「峯相記(ほうそうき)」に記されている「放生会(ほうじょうえ)」が原点。捕らえられている生き物を解き放つために大分の宇佐八幡宮で行なわれた祭りで、灘のけんか祭りも14世紀中頃には行なわれていたとされています。 当初は松原八幡神社の近くを流れる放生川の河口付近で、あらかじめ捕らえておいた魚介類を放つような儀式だったようですが、江戸時代に入ると弦楽を奏でて優雅に神事渡御を行なうことがメインとなりました。しかし明治に入って神仏分離令が発せられ、神社を取り巻く状況が変わると、随行的な役割でしかなかった屋台が主役になり、装飾も年を追うごとに豪華になって、現在の勇壮な祭礼様式になったと云われ、播州地方の祭のルーツは八正寺(現松原八幡神社)灘地区にあります。

祭典に係る口伝(赤松政則神社社殿再建で、竣工祭に米俵200俵を寄進)

神功皇后三韓御征討当時の順序(八正寺へ御挨拶に上がった順)で、東山村八幡宮の御紋入りの御旗を持ちて第一に進み、第二番は木場村、第三番八家村、第四妻鹿村、第五松原村、第六宇佐崎村。第七中村伝々。
屋台は三韓御征討の時に用いられた軍船を型取り、屋台をかく者は 赤き布切を頭にいただきます。
八幡宮の外に広大な桟敷席があります。

~・~・~・~

先日、長崎くんち祭(2022年奉納踊)で、3年連続の中止決定が発表されました。くんち祭りの継続も危ぶまれるというお話もあり、私の生き甲斐が・・・。

時季を同じくされる、灘のけんか祭りは今年こそ2年振りに開催されます様祈念致しています。
4183 よいやさ

兵庫県姫路市白浜町甲399

松原八幡神社の山門松原八幡神社の山門松原八幡神社(兵庫県)松原八幡神社の狛犬松原八幡神社(兵庫県)松原八幡神社(兵庫県)松原八幡神社の建物その他松原八幡神社(兵庫県)松原八幡神社(兵庫県)松原八幡神社の建物その他松原八幡神社の本殿松原八幡神社の建物その他松原八幡神社の山門松原八幡神社の建物その他松原八幡神社の建物その他松原八幡神社の景色松原八幡神社(兵庫県)松原八幡神社(兵庫県)松原八幡神社(兵庫県)松原八幡神社(兵庫県)松原八幡神社のお祭り松原八幡神社(兵庫県)松原八幡神社(兵庫県)
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歴史

天体宝字七年(763)豊前宇佐八幡宮から分霊を勧請して創建といい、妻鹿の漁人久津里の網に「八幡」と書かれた一尺ばかりの霊木を海中から拾い上げたという。息長足比売命・品陀和気命・比咩大神の三神を祀り旧県社。平安時代に石清水八幡宮領松原荘の総鎮守となり、鎌倉時代には八幡大菩薩垂迹の地として崇敬を集め、一遍上人の参詣も知られる。南北朝時代の『峯相記』には「社頭繁盛」し「神事祭礼厳重」と記すが、戦国時代に至っては度々の戦乱被害にあい、天正十二年(1584)社頭再建を伝える。現社殿は享保三年(1718)、楼門は延宝七年(1679)の造営という。社領は羽柴秀吉の社地移転命令を拒否して六十石に削減されたといい、この六十石が江戸時代を通じて朱印地として安堵された。明治に至っては姫路藩好古堂教授だった亀山雲平が宮司となり、私塾久敬舎ついで観海講堂を設立して住人の教育にあたり、播磨一円から門人が集まったという。

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松原八幡神社の基本情報

住所兵庫県姫路市白浜町甲396
行き方

山陽電鉄白浜の宮駅より徒歩3分

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名称松原八幡神社
読み方まつばらはちまんじんじゃ
参拝料

なし

トイレあり ○
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳なし
電話番号079-245-0413
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご祭神品陀和気命,息長足姫命,比咩大神
ご由緒

天体宝字七年(763)豊前宇佐八幡宮から分霊を勧請して創建といい、妻鹿の漁人久津里の網に「八幡」と書かれた一尺ばかりの霊木を海中から拾い上げたという。息長足比売命・品陀和気命・比咩大神の三神を祀り旧県社。平安時代に石清水八幡宮領松原荘の総鎮守となり、鎌倉時代には八幡大菩薩垂迹の地として崇敬を集め、一遍上人の参詣も知られる。南北朝時代の『峯相記』には「社頭繁盛」し「神事祭礼厳重」と記すが、戦国時代に至っては度々の戦乱被害にあい、天正十二年(1584)社頭再建を伝える。現社殿は享保三年(1718)、楼門は延宝七年(1679)の造営という。社領は羽柴秀吉の社地移転命令を拒否して六十石に削減されたといい、この六十石が江戸時代を通じて朱印地として安堵された。明治に至っては姫路藩好古堂教授だった亀山雲平が宮司となり、私塾久敬舎ついで観海講堂を設立して住人の教育にあたり、播磨一円から門人が集まったという。

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