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楽しみ方小野八幡神社のお参りの記録一覧
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小野八幡神社は神戸市中央区にある神社です。
再度山から三ノ宮駅まで下りてきました。
神戸市役所のすぐそばにあります。
1月17日の追悼集会が行われる東遊園地のそばです。
ビルに挟まれた場所にあるのですが すぐ近くまで行かないと神社があることは分かりません。
大きなマンションの裏手にあり そのマンションの前を通らないと鳥居すら見えません。
小野八幡神社の社殿はとても新しいです。
そりゃそうだ。阪神淡路大震災で被災しているから。
マンション横に 八幡宮の大鳥居があります。
社号の石柱はとても古いものですが 鳥居の横に電光掲示板があり これは今まで見たことがありません。
新しいですねぇ。
マンションの横が参道になっていて 手水舎はマンションの壁に埋め込まれるようにありました。
双龍の描かれた木が下げられていて これはかっこいいです。
手水の横には 「双龍の言霊」という水琴窟もありました。
夏だったら最高!涼やかな音を奏でてくれます。
マンションの裏まで来ると ようやく本殿がありました。
本殿の前は マンションの駐車場入り口でした。
マンションに車を入れる人は 本殿前を車で通るってわけです。これには驚きました。
気を取り直して 本殿で参拝。
社務所で御朱印をいただくと 「末社もありますよ」 とのこと。
よく見ると 本殿横に末社の鳥居が見えました。
なるほど本殿裏手に末社が3社ありました。
白玉国高稲荷神社・白龍大明神社・金刀比羅神社でした。
社殿はすべて新しいものでした。
社務所に授与品の一覧があったのですが そこに「火打ち石」を見つけました。
今回は見送りましたが かなり気になります。
「いってらっしゃい 御無事で カッカッ」てやるやつですよね。
爺ですから そういうの憧れます。(笑)
ネット情報です。
主祭神は応神天皇。
仁和3年(887年)秋 平安時代の創祀。
寛平年間(889~) 神前の七草を宮中に献上。
源平合戦後 源頼朝はこの地に河原太郎 次郎兄弟の功を賞し 報恩寺を建て当神社を寺の鎮守とした。
江戸時代 讃岐高松城主 松平頼常は 参勤交代の折道中安全を祈願し 成就しその霊験のあった故事が広く知られる。
現在は自動車をはじめとする交通安全厄除祈願が有名で信仰を集めている。
境内には白玉国高稲荷神社・巳神社・金刀比羅神社という末社があり 特に巳神社は白龍さんが祀られている。
この白蛇は人と人との出会いを叶えてくれると信仰されている。

この日、知人に誘われ大衆食堂「ほうらく」というお店で昼ごはんを食べることに。
どこにあるのかな?と調べてみると、なんと小野八幡神社のすぐご近所ということで、食事前にお参りさせていただきました。
いつもどおり拝殿で参拝させていただいたあと、本殿後方にある末社にもゆっくりとご挨拶。
ちらほらと他の参拝者もいらっしゃいますが、いつもそれほど混んでおらず落ち着いて参拝できます。
今回は待ち合わせの時間まであまり時間がなかったこともあり、御朱印はいただかず参拝のみでした。
で、「ほうらく」というのは、行列ができるお店で、オムカツとワンタンが人気メニューとか。
もちろんその両方を頼んだのですが、とってもボリュームがあって美味しかったです。
空腹に勝てずすぐに食べてしまったため、残念ながら写真は撮り忘れてしまいました😅


JR三ノ宮駅から南へ500mほどのところに鎮座。
三ノ宮といえば生田神社へお参りされる方は多いのですが、小野八幡神社は大きな通りから一本ずれていることもあり、観光客の方がお参りされることはほとんどないのではないかと思います。
ただ朝の比較的早い時間帯に訪れると、通勤途中に立ち寄りお参りされる方は結構いらっしゃいます。
<御祭神>
応神天皇
仁和三年(887年)の創祀ということで、とても歴史ある神社ですが、阪神淡路大震災で被災。
本殿建て替えに際して境内の一部をマンションとし、その奥に本殿と末社が建てられています。
参道から手水、そして本殿に至るまでの感じが都会の中の神社という印象ですが、なぜかあまり違和感を感じません。
<御由緒>~小野八幡神社HPより~
当社の祭神は応神天皇。仁和三年の創祀。寛平年間には神前に生ずる七草を採って宮中に献上していた。
この地は古来月見の名所として知られ、幾多の大宮人らが足をとどめて、月を眺め、草を摘んで遊んだことが、千載集・夫木集・新古今和歌集などの和歌集に見られる。
近くは明治維新の頃、勝海舟がこの地(当時は神戸村小野浜)に神戸海軍操練所を開設し、海外発展と旧日本海軍創設の基礎を作ったことで知られている。現在附近(旧商工会議所前)に「史蹟旧海軍操練所跡」の碑が建っている。
当社には武将に関する史実が多く伝わっているが、特に江戸時代、讃岐高松城主松平頼常が江戸への参勤交代の途中に、当社に参拝して道中の無事安全を祈願し、予定通り江戸に着き、大任を果たし終えた後に、感謝をあらわして当社に寄せた書状一葉が社宝として残っている。
またこの霊験顕著な故事が広く知られ、現在では厄除・交通安全の特殊信仰をあつめている。




こちらにお参りするのは今回が3回目。
特に意識しているわけではないのですが、なぜか毎年3月か4月のお参りになっていました。
過去2回は夕方以降の参拝だったので社務所も閉まっていたのですが、今回は午前中の参拝だったため、御朱印も拝受することができました。
今まで気づいていなかったのですが、拝殿前や参道には大きめの石とその周りを小さな石が4つ埋め込まれたものがいくつかあり、まるで亀のような感じで、宮司様に尋ねたところやはり亀を模しているとのことで、「境内の中にいくつあるか探してみてください」と。
注意しながら境内を歩いてみると、結構ありました!
仁和3年(887年)の創祀というとても歴史ある神社ですが、阪神淡路大震災で被災したため境内の一部をマンション建設の借地として費用捻出し社殿を建て替え。
そのためすべてがモダンでとても明るい印象を受けます。

JR神戸線三ノ宮駅の南側、神戸市役所からほど近い街中に鎮座しています。
去年参拝した際は3月下旬だったようで、桜の花も綺麗だったのですが、今回は見事に葉桜になっていました。
仁和3年(887年)の創祀という歴史ある神社ですが、阪神淡路大震災で被災した本殿の建て替えにあたり、その費用の捻出は通常は企業や氏子からの寄付を集めるのでしょうが、都市部にある神社として氏子の減少は著しかったようです。
そのため境内の一部をマンション建設のための借地として費用を捻出したそうです。
とても残念な気持ちにもなるのですが、現在はマンションの横に細い参道があり、その横は公園になっています。
このあたりにお勤めのサラリーマンもよく参拝されるようで、今回私がお参りした際もあるサラリーマンの方が通りすがりに鳥居前で足を止めて一礼してからさっと立ち去る姿に「かっこいいなぁ」と思ってしまいました。
形はどうあれ人々に愛される神社はいつまでも存続してほしいですね。
またこの小野八幡神社には様々な史実があるようです。
源平合戦後、源頼朝はこの地に河原太郎、次郎兄弟の功を賞し、報恩寺を建て当神社を寺の鎮守としたとのこと。
江戸時代には、讃岐の高松城主松平頼常が江戸への参勤交代の途中、当社に参拝して道中の無事安全を祈願した。
さらに勝海舟がこの辺りに神戸海軍操練所を開設したとのこと。
いつもこちらにお参りする時は夕暮れ時になってしまうため、次は昼間にお参りしたいと思います。
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朝、参拝のみ済ましていた小野八幡神社へ三宮神社より徒歩で向かいました。この日は晴天で気温も高かったので、地下道を利用。現在、境内の一部を定期借地で供用しマンションが建築中。都心の神社は氏子さん達のみではなかなか支えきれないのでしょう。新渡戸稲造の御子孫がご神職に就かれており、色々とお話を伺えました。非常に立派な狛犬がある九尾の狛犬。西宮神社と同様のものとのことでした。ご丁寧な御朱印を拝受いたしました。神戸神社巡りは公共交通機関もよいですが、徒歩も時間と体力があれば色々な発見があると思います。レンタサイクルがありますので、そちらも利用するのも良いかと。ホテルにも自転車を貸し出すところもありますのでご参考まで。
もっと読む河原太郎・次郎ゆかり「小野八幡神社」
三ノ宮駅から南へ数分。この辺は高層マンションかオフィス街で、隣は公園。
駐車場ない。
現在神社敷地内にマンションが建設の工事中のため、かなりわかりにくくなっている。
「厄除小野八幡神社」の看板と「神社入口」のコーンに従い、参道へ。
道なりにぐねぐね進むと右手側に真新しい拝殿兼社務所。
拝殿右側に末社があり、境内は非常に狭い。
以前は道路沿いにあり境内そこそこ広く駐車場もあったが、経営難から神社の敷地内に高層マンションが立建つことになり神社が縮小されています。というニュースを読んだ。
神社の前にマンションが建つので、神社はさらに小さくなるのかな。
以前より神社どこ行ったの〜??と思っていたがそういう理由があったとは。
確かにこの辺り氏子少ないだろうし立地は非常に良いので高値で売れそうだしと、苦渋の選択だったのかなとも思います。地方の神社は本当大変だ。
歴史ある神社なのでどういう形にしろ頑張って残って欲しいです。
河原太郎・次郎のお寺の鎮守です。
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