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天台宗 宝積山 能福寺
新西国三十三箇所第23番札所
神戸十三仏霊場第8番札所
神戸十三仏霊場巡りでお参りさせていただきました。
延暦23年(804年)桓武天皇の勅命を受けて、唐に留学された伝教大師最澄上人は、その帰途に兵庫の大輪田泊りに上陸。
当地の庶民の要請により、薬師如来のご利益を説かれ、ご自作の像をお堂に安置して、能福護国密寺と称されたそうです。
大輪田泊りは僧行基が築いた五泊の一つですが、12世紀に平清盛により大修築が行なわれました。
その清盛は仁安3年(1168年)にこの能福寺で出家しました。
平相国廟の十三重石塔は、弘安9年(1286年)に北条貞時が平家の盛衰を哀れんで建立したものだそうです。
ご詠歌
ただのりの 宝を積みて はるばると
運ぶ歩みの 楽しかりけり









#能福寺 #兵庫大仏
本堂のご本尊はアミダ三尊。屋外に「兵庫大仏」と呼ばれるビルシャナ仏を祀る。
大仏の台座が「ビルシャナ殿」というお堂になっていて、そこのご本尊が十一面観音。いまひとつはっきりしないが、写真を見比べる限り、この像が神戸十三佛霊場の札所としての札所本尊でもあるようだ。
また兵庫七福神の札所本尊としてビシャモン天を祀っているらしいが、完全秘仏で、どのお堂にいるのかも書かれていない。
兵庫大仏は奈良の大仏や鎌倉大仏と共に、日本三大仏に数えられる仏像の1躰。かつて三大仏の最後の1躰は現在の京都市にあったが、江戸時代に落雷で焼け、その座は明治時代に新たに建立された兵庫大仏に移った。しかし初代の兵庫大仏は太平洋戦争のとき金属が不足したため溶かされてしまったそうだ。
よって、平成になって再建された現在の兵庫大仏は2代目にあたるのだが、HPによればその材料の一部に、解体された初代の兵庫大仏が使われているそうだ。
現在は、三大仏の最後の1躰とされる仏像が全国に数躰ある状態らしい。僕は正法寺(岐阜県岐阜市)の岐阜大仏と、大仏寺(富山県高岡市)の高岡大仏を拝んだことがある。
が、兵庫大仏のところに、三大仏の最後の1躰は依然として兵庫大仏であると、東大寺と高徳院の住職が認めた、みたいな趣旨のことが書かれていた。正直、驚いた。
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